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    「これからの時代をパワフル&ハッピーに生きるためのお父さん塾 その2ver.02」2016.08.09



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01貴方の内なる偉大な力を目覚めさせる法[13m42s].mp3
貴方の内なる偉大な力を目覚めさせる法  知られざる秘法。

             私達の運命を根底で支配しているモノは何でしょうか?
     人間の気分・感情・衝動・欲望は、3種類の意識の力に依って支配されています。
 従って、この意識の力を自分の味方として手懐けられるなら、自分の運命を自分で動かせます。
      3種類の意識の力・・・潜在能力・潜在抗力・潜在邪魔力の存在を知りましょう。
そして、繰り返し巻き返しと言う、反復の真の秘密に気付けたら、貴方は偉大な力を目覚めさせられます。

その為にも、第一に知るべき事は「為になるから排除する」という心の働きに気付く事です。
こう言っているその端から、その力に完全支配されている人は、この文言に対しても、既に拒絶感が起こっているでしょう。そして自らその様に反応しているという自覚等、もちろん有りもしません。
しかしそれは、それこそが潜在抗力と言う、無意識で働いている潜在意識の力の一部です。
それは自分の憧れや、希望の実現に抗う内的な力です。多くの人が三日坊主に陥る訳もここに在ります。何者かが自分の内側で敵になっているのです。何かピンと来た人は、続けて読み進めて下さい。

為になる事だったら、それは自分にとって、意識出来るか否かに関係なく、重要な事の筈です。
しかし、人はそれを今までずっと自ら求め続けていたモノでもない限り、初めての概念に出会った時、30回は反復しないと、何を言っているのかすら分らないものです。そしてそれは普通の頭脳です。
つまり、一度聞いた位では、重要な事に重要だとはなかなか気付けないという事です。
そうすると、次に誰かがその事を「重要だよ」と指摘してくれるのは、いつになるのでしょうか?
そしてそういう事が、30回起こるのを待っていたら、一生の方が先に終わってしまいます。
重要な事に重要だと自ら気付けるセンスが有ったなら、既に貴方は何らかの分野で成功しています。

自分がより幸せや、成りたい自分になる為のチャンスというモノは、常に目の前を往来しています。

まさか、自分に幸運をもたらすモノが目の前に在るとは誰も気付いていません。
そして殆どの人は、重要な事が目の前を通り過ぎようとしていても、それが重要だとは感じないので、何も気付かないまま取り零しているのです。何故、重要な事を重要だと感じられないのでしょうか?
それは貴方がつまらないからでも、能力が無いからでもありません。
そういう感覚になっているのは、世の仕組みに依って「弱者」として条件付けられてしまったからです。
義務教育と+αの12年間で、殆どの人は「弱者の質」である「隷属的なエンプロイー意識」を植え付けられてしまいます。条件付け、または洗脳とも言いますが、誰もそうであるという事を自覚等出来ません。
何故なら、「独立して自ら思索出来る能力」そのものの形成を阻むのが現代の教育システムだからです。
世のシステムに依って、「そう感じる感覚」に成る様に条件付けられているにも拘らず、多くの良心的な人程、「自分に能力が無いんだ」と錯覚して自責の念を持ち、自分を責めるという悪循環を起こしています。

まずはこの様な、自分にとってはとんでもない事が起こっているという事実にご開眼下さい。
「為になるから排除する」という無意識の働きが存在している事を知ったならば、次に理解する事が有ります。
それは「強者の質」と「弱者の質」というモノの違いを知る事です。
「隷属的なエンプロイー意識」を植え付ける過程では、その競争型努力を押し付けられる内に、成功や幸せの実現に必要な、まず3つの能力に封印が掛けられてしまいます。
その3つの能力とは、①立ち向かう質問、②落とし込む感覚、③瞑想習慣です。
この3つの頭文字を取って「たおめる」と言います。
現代教育システムというモノは、幼児時代には誰もが持っている、この人間の潜在的な可能性を啓く芽を実に巧く封印を掛ける仕組みに成っています。
そしてその反対に、①逃避質問、②保留癖、③ブロック思考を植え付けられてしまうのです。
こちらは頭文字を取って「とほぶる」と言います。

現代教育システムを構築しているエスタブリッシュメント(支配者層)というのは、実に頭がいいのです。
人々を、上司の言う事には逆らわず、少々苦しくても黙々と働く、しかしいつでも取り換えの利く画一的な規格品の様に子供達を仕上げているのです。勿論親達も無自覚なままその仕組みに加担しています。
そして、人生勝ち組として上り詰めて来た者も、そのヒエラルキーの一部として組み込んでしまいます。
この人々に「隷属的なエンプロイー意識」を植え込む体制は、この日本に於いて、実に強固で盤石です。
しかし人々の様々な苦しみは、生来備わっている「タオめる」という資質に封印を掛けられ、それを発揮する事が出来ない処より発生しているのです。ですから貴方は、この秘密にまず気付く必要が有ります。
そして貴方はこれから、①立ち向かう質問、②落とし込む感覚、③瞑想習慣の「タオめる」に付いて、じっくりと認識を深めて行く必要が有ります。
また、どの様にその3つの感覚に封印が掛けられ、①逃避質問、②保留癖、③ブロック思考という「とほぶる」感覚が植え込まれてしまうかに付いても、そのメカニズムから理解しましょう。

そして、貴方も強者の質を啓くのです。
強者の質を啓くのは、意思の力の強さに依るモノではありません。
強者の質を啓くのに「忍耐・辛抱・我慢」等の苦痛を伴う力は全く必要ではありません。
気分・感情・衝動・欲望というモノが味方になっているとは如何いう事でしょう?
またそれらが、敵になってしまうとは如何いう事でしょう?そこの処を自分でも考え出して見て下さい。
そして、気分・感情・衝動・欲望というモノに付いて、その意識の力が自分の味方と成っているか、敵と成っているか、それを見極め、敵を削除し、味方を育てる思考訓練を直ちに始めましょう。
それは理の理解と言う小さなヒーロー体験(小さな勝ち味)を味わいながら進める楽しい訓練法です。
それは、やったらやっただけ実りを感じる「実感型努力」です。
それは身近ないつも目の前に在る言葉、つまり建設的な意味や美徳を表す言葉に付いて、それにマイナーなイメージが癒着して潜在意識に落とし込まれ、それが自動化して自分を支配している事実に気付く処から始まります。

潜在意識の性質を上手に活用する事で、それはスムーズに進められます。
強者の質を啓かない限り、どんな自己啓発もどんな成功プログラムも、それは自分を変容させる事は出来ません。どんなに高いお金を払ったとしても、そう言う知識を知ったというレベルで留まらされてしまいます。
それは既に「為になるから排除する」という、無自覚レベルでの潜在抗力と潜在邪魔力の働きです。
この敵と成ってしまった意識の力に正面から抗ってはいけません。上手に退場頂くコツを覚えましょう。
それは現実とイメージの違いを認識しない、潜在意識の性質を上手に活用して、データベースを書き換えてしまう技です。反復の仕方にそのコツが在るのです。これは寝そべっていても出来る訓練法です。
まずは、私が解説している事を聞いていればいいのですからね。とても簡単です。
さて、近い将来に強者の質を啓いた貴方は、どんな気持ちで事に挑める様になるのでしょう?

主な5つの強者の質を理解し、自分の感じ方の目標としましょう。
 ①育て続けている願望が有り、「とほぶる」では無く「たおめる」感覚がオート化している。
 ②質問力が強烈で、分らない事には疑問質問が湧き、その答を求めずにはいられない粘着気質が在る。
 ③重要事項に自ら気付くセンスが在り、起こり来る事総てを人生の糧(経験値)にする感覚が啓いている。
 ④逆境である程テーマに対して心は燃え、諦めないのではなく、諦める事が出来ない気質に成っている。
 ⑤結果志向型ではなく、原因追求型の思考回路と感謝力を備え、永遠の生命観を持っている。
の結果、自分の人生を在りたい様に構築出来る「独立して自ら思索する能力」が開花するのです。
この自由に展開する思考力が在ってこそ、富も人生も自分の創りだしたい様に構築出来るのです。
その為にも、ポイントを自分のモノにする力、「読み込み読み解き読み取る力」を、このテキストを活用する事から始めて下さい。その他の私の提供するテキスト群も同じです。
分ったと思えても徹底的に反復してみましょう。一概念90回の反復を超える頃、貴方は何かを発見します。
それこそが弱者の質では知る由もない、強者の質を持つ人のみが感じている「何か」です。
そして私の無料コンテンツ群では、強者の質を啓くエッセンスを余す事無く公開し、プレゼントしています。

とは言うものの、一旦、弱者の質を落とし込まれてしまった人の問題点。
強者の質を啓いている人は、一を聞いて十を悟るセンスになっています。
強者の質を啓いている人は、エッセンスを知るだけで、自分に十分応用が出来るのです。
しかし、弱者の質に条件付けられてしまっている意識状態では、十を聞いても一分るか否かです。
瞬間的な理解力が百倍は違います。但しこれは、頭が悪いという事ではありません。誤解の無い様に。
組み立てられている思考パターンが違うのです。
それ故、弱者の人が一つの認識を了解するには、その裏打ち裏付けとなる話が99必要と成るのです。
99の裏打ち裏付けが在ってこそ、それは手を変え品を変え、同じ話でも別角度から説明するという事ですが、これこそが、弱者が強者の質を啓く為の説得のコツなのです。最初は訳が分らなくても構いません。

まず、ピンと来るまでの「間を置いた30回の反復」にチャレンジしましょう。
このテキスト一つの中にも、貴方の人生を劇的に変化させる為のエッセンスは、既に十二分に盛り込まれているのです。「成る程その通りだ」と気付けていますか?・・・それとも一回読んだら終わりでしょうか?
それは気付いた人には「あっ!」と驚くほどの内容です。それが何故そうなのかピンと来ていますか?
しかしながら「ピンと来ない」の側を証明する人が殆どでしょう。貴方は現在如何でしょう?
だから、貴方が貴方の夢を実現するには、私の提案している方法が必要なのです。
私は貴方にベネフィットを約束しています。それは何だったでしょう?
最初の題名と、副題を読み直して見て下さい。それが私の貴方に対する約束、つまりベネフィットです。
それが分ったら、習った事・教わった事を愚直にやる事です。
ポイントは愚直。この「愚直」と言う言葉も自分のモノにする事です。

強者には、習った事・教わった事を愚直にやる質が有り、そうだからこそその人は強者になったのです。
ですから、貴方に何かの望みが在るのにその叶え方が解らず、そしてこの提案を取り逃がすとしたら、それはその人にとって、人生最大の皮肉と成ってしまうだろうという事を老婆心から申し上げておきます。
何故なら、ここで示されている理論通りの事を、愚かとしか言いようのないバカ者の側でちゃんと証明し、益々当理論の正しさを実証してくれる事に成るからです。
いつの時代でも「縁なき衆生は度し難し」なのです。
いつも人の目を気にして、大衆の意見が自分の判断基準になっている人は、道理から判断が出来ません。
ワナにハマるよと教えて上げたのに、教えられた通りのワナにハマるのは、正に愚者の証明の様なモノです。
普段から自己欺瞞を積み重ねたり、良き事を保留し続けている結果、本当を嘘と感じ、嘘を本当と感じる逆さまの感覚が出来上がってしまっているのです。恐ろしい事です。
そうして、その人に劇的な変化をもたらすだろうチャンスというモノを、そうやって、取り逃がしたと気付く事も無いままそれを取り逃がすのです。何と愚かな事でしょう。

その様な、見せても示しても証拠を突き付けても理解の出来ない、思考停止している人が大勢います。
貴方はその様な愚者であってはいけません。そして人が愚者に陥ってしまうメカニズムも知りましょう。
特に、マインドセットと言う心構え知識に関する情報等を見聞きして、興味を感じられない・重要性を感じられないというワナから脱出しなければなりません。
そういう意識形成の成り立ちとそれからの脱却法をあらゆる角度から、詳細に、そして懇切丁寧に解説しているのが「お父さん塾」なのです。
「お父さん塾」ではその他、創造エネルギーのベースとなる感謝力の培い方、人を巻き込む人間力の育成の仕方、稼げる人間になる為の資質作り等、知ってしまったらやらずにはおれない・やって見たくてたまらなくなる話や技法が満載です。貴方の中に眠らされている、偉大な力の存在に気付きましょう。
感情・気分・衝動・欲望等の意識の力を、自分の味方とし、自分の思う様に扱える様に成る事で、貴方は自分の在りたい自分を作り上げる事が可能となるのです。




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02賢者への覚醒プログラム  [13m59s].mp3
賢者への覚醒プログラム  光明、そして覚醒へと到るプロセス。

          古の覚者と呼ばれた人達は、一体何に覚醒していたのでしょうか?
           悟りを得るとは如何いう事で、それはどんな心境なのでしょうか?
        そしてそれが得られると、実際生活に於いてどんな役に立つのでしょうか?

人は、未経験の事は例えを以てそれをイメージし、類似事項から推察する事で、何となく認識します。

例えば、強者の質を啓いた人は質問力が強烈に育っています。
そして一旦抱いて落とし込まれた質問は、その人の中でオート化し、顕在意識の30~50倍のサーチ力(探す力)でその答を無意識レベルで希求し始めます。これが潜在能力として育った意識の力の凄さです。
と、説明を受けても、ここでその言っている事が感覚で掴めなければ、人は何の事か分りません。
表面的な字面が認識出来るだけです。そうすると、先の説明も真意が伝わった事には成りません。
そこで「オート化する・サーチする」をその人でも感覚的に理解出来る様に、別の何かで例える必要が生まれます。インターネットには検索エンジンとリンク機能が付き物です。
検索エンジンとリンク機能無しのウェブ活動なんて、今では全く考えられませんね。
しかし、30年前のパソコン通信と呼ばれていた時代には、そんな便利なモノは在りませんでした。
情報発信している人を何らかの媒体で知り、その番号に人力で繋ぐ事でやっと通信が出来ていたのです。
そこでそれを例えとして、強者の質問力というのは、検索エンジンとリンク機能がデバイスとして載っている頭脳、そして弱者は検索エンジンとリンクの無いパソコン通信の様なモノだと例える事が出来る訳です。

質問は「落とし込まれると自動化する」という事の意味が、これで何となく掴める訳です。
何となくでもその感覚が理解出来ると、人はそのメリットに気付けるので「それがいい・そう在りたい・そうでないと損だ」と感情を動かす事が可能と成って来る訳です。
「賢者や覚者の悟っている心境は素晴らしいモノだ」と言われても、それがいったいどういうモノかは、未体験の人にはさっぱり分りません。何とかそれを類推する為には、その人が理解出来る例えが必要です。
また質問を重ね、消去法と言う手段で類推して行く事も有効です。
賢者や覚者の悟りなんて、高尚過ぎると考えて、殆どの人はその「何か」を自分の参考にしない様です。
しかし、自尊心が在るなら考えて見ましょう。賢者や覚者は人間として最高のモノを得たというのです。
それって、貴方は知らないままで一生が終わってもいいですか?
自分には全く及びも付かない、別次元・別世界の事だと、勝手に結論付けていませんか?
彼等だって人間です。肉体的には全く普通の人です。ただ彼らは、何かに気付いたのです。
それに気付く事に因って、人間として、最高の境地に到ったのです。
そしてその方々が言うには、それはお金や地位や名誉より、どんな薬物より素晴らしいモノだという事です。
だったら、せっかく生まれて来たのですから、そういう最高のモノを味わい、体験してみたいですよね。
そして貴方もその境地を開く事が出来るのです。それは潜在意識のメカニズムが解明されたからです。

「自分の存在」にとって一番価値在るモノを真剣に追い求めた結果、見出されて来るモノは何でしょう?
色々と欲しいモノや叶えたい事、成りたい状態をイメージして列挙してみましょう。

そしてそれらに付いて、次の質問を徹底的に浴びせてその答を明らかにしましょう。
何故それが欲しいのか?何故そうしたいのか?何の為にそれをするのか?何故そうするのか?
そして出て来た答えにも、これらの質問を徹底的に浴びせて行くのです。そして次の様に質問します。
消えてなくなってしまうモノ・自分のモノでは無くなってしまうモノに何故執着するのでしょう?
消えてなくなってしまうモノ・自分のモノでは無くなってしまうモノとは何でしょう?
じっくりと考えて、答を見出しましょう。そうすると、次の質問が最終的に浮かび上がって来ます。
自分にとって一番価値ある事は何だろう?永遠・絶対・不変と言えるモノは何だろう?
その答えが分るとそれ以外は、その本質を外していたのでは、全く意味も価値が無いモノに成ります。
それに繋がるモノにしか、自分にとっては意味も価値も無いという事です。
そうすると健康もお金も成功も、総ては、その何かを手に入れる為の手段であるという事が解って来ます。
この認識が生じれば、人間は求道精神が芽生えます。そして、古の賢者達の足跡が参考に成り始めます。

古の覚者・賢者達は「覚醒」する状態に至っています。
そして、その人間の得る最高の心境を、様々な表現で残してくれています。
光明を得る・涅槃する・神の国に入る・神人合一・梵我一如・我が家に帰る等々。
要は、人間界で生じる一切の苦(四苦八苦)から脱し、仏智見を得て宇宙の秩序に沿って生きられる状態を得ているという事です。貴方の人生から、今貴方が抱えている苦しみが無くなったらと考えて見て下さい。
そして、人生から一切のモヤモヤが消え、想う事を叶えるチエがどんどん湧いて来ていたら如何でしょう?
覚醒とは、真実に目覚める事です。潜在意識のメカニズムに目覚め、それを使いこなせるという事です。
それを理解して、それに沿って生きられるなら、自分の人生を自分の在りたい様に構築出来るという事です。
それがどんなに素晴らしい事なのか、隷属的なエンプロイー意識を脱出して、想像力を広げましょう。
人に出来た事なら、自分にだって出来る筈だと考えるのです。
生理学的には「オキシトシン体質になっているのだ」と考えれば、多少は理解が進むかもしれませんね。自分は年寄りだからもう必要ない等と言ってはいられません。年寄り程、学びに勤しまねばなりません。
自分が年寄りだと思うなら、残されている「残り時間」はもう少ないのですから、「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」を心に刻み込んで、寸分を惜しんで真理探究に邁進する事です。

ハートは総ての人の人生の羅針盤です。
しかしそのハートの周囲を取り巻いているマインドに、様々なデータが意識の力としてこびり付いています。
この意識の力の中には、潜在能力の他に、エゴとして働く分離側の心遣いと、それを重ねる処から生まれる潜在抗力や潜在邪魔力が有ります。これらは顛倒夢想と言う、逆さまの感じ方を生じさせています。
これらの量が多くなる程、人間は判断基準が逆さまになってしまうという事です。
判断が逆さまになってしまうと、努力すればするほど逆の結果を得るという事です。
人間は誰でも、この人生と言う素晴らしい遊園地・お祭り広場に参加しているのに、ずっと目隠しをし続けている様なモノです。演劇も見られなければ遊具にも乗れません。
何かにぶつかったり溝にハマったり、遊具に挟まれて事故るか、動物の檻に迷い込んで齧られます。
楽しい筈の世界は、まるで地獄になってしまいます。もういい加減、苦しむ事を嫌になって下さい。
自分の為と思う事は本当は自分の為では無く、好きだと思っている事は本当は嫌いなモノで、自分の為にならないと感じているモノこそ、本当は自分の為に成るモノなのですが、判断基準が間違っているとそれが解りません。他人を見ていれば、そういう状態が在る事が何となく分ると思います。

答から言うと、普通の人でそういう逆さまになった判断基準 (顛倒夢想)を200~300個内在させています。
この逆さまである顛倒夢想を正し、「為に成るから好き・為にならないから嫌い」と言う側に、自己欺瞞を脱して感覚を正常化させ、総ての顛倒夢想を直観的判断力に置き換える事に成功した時、人は正見を得ます。
解り易く言うと、マインドをハートに一致させる事が出来るならば、人間は覚醒するという事です。
物事の因果を観通す事が出来ます。そうするともう、迷いや苦しみの種を蒔く事は一切有りません。
希望する事が有れば、その成就の為に今何を始めれば良いのか、その目の前の一歩が観えるのです。
思考の牢獄から脱出し、「独立して自ら思索出来る能力」が啓いているので、人生が自分の思う通りに自在に構築出来る様に成ります。また、徳を積む事こそが「願望成就の原資」と成る事も理解出来ています。
その為には、無意識に内在させている200~300個もの顛倒夢想を削ぎ落とし、直観的判断力を育てねばなりません。そうする事で意識の力が、潜在抗力や潜在邪魔力では無く、潜在能力として出現します。

この逆さまの感覚 (=顛倒夢想) は、意識の光 (=真実) を恐れます。
何故なら、顛倒夢想は完全に自己同化していますし、本人にとってはそれこそが真実だと感じています。
ですから、真実を示されたり突き付けられると、嫌な気分が生じたり眠くなったりします。抵抗といいます。
そしてそのまま自分の反応するがままに、好きか嫌いかで判断してしまうと、当然嫌いと感じて逃避します。
そうすると元の木阿弥ですね。賢者の意見を無視したまま、自分の観念の中に埋没しています。
思考回路が結果指向型に凝り固まっているので、原因追求をしようとする思考が働きません。
思考回路が結果指向型と言うのは、心を徐々に閉塞状態に、そして病気に導くモノです。
何故それはそうなっているのか?何ゆえにそれはそうなるのか?それがそうだとその先如何なるのか?
これらの質問が落とし込まれていて自動化していないと、物事の道理や因果を理解する事が出来ません。
そう言う思考パターンにハマっていると、自分は間違っているかも知れないという謙虚な心は在りません。

人間が迷いや苦しみからなかなか逃れられない訳は、このメカニズムが働いている処に有ります。
この状態に醒めて在る様に努める事が修行の第一歩と成ります。そうする事で知性が発達して来ます。
意識次元は、苦楽を引き寄せる法則性が逆さまに働いている事を知らないままでいるというのは、動物レベルであるという事です。その意識状態では、苦痛に耐えて努力しても手に入れられるモノは苦痛です。
今までの人生を振り返って見ましょう。貴方の耐えて来た苦痛は、人生の喜びの投資と成っていますか?
投資とは、最小の投資で最大限の見返りが起こるモノであってこそ、それは正しい投資です。
今までの多くの苦労を含む努力が、充分な満足と言う形で花開いていないならば何かが間違っています。
苦痛が生じ続けている現状に、「どうせ私はこんなもの」等と開き直っていてはいけません。
原因追求が貴方の自然な思考パターンになる様に、思考訓練を始めましょう。
子供達にもその様に、原因追求と言う思考が自然に流れる様に教育して行きましょう。
賢者や覚者の言葉を見聞きした時、「何故そう言うのか?また、何故そう言えるのか?」と質問を自分自身に投げ掛け続ける事が大切です。それは実証した人の言葉なのですからね。

弱者は、人間本来誰にでも内在されている「強者の質」を啓く事を第一義に設定せねばなりません。
そして、いつまでも隷属的で不自由な状態から脱出せねばなりません。
それは人間として生まれた権利です。貴方は自分に潜在している力を使う権利が在るのです。
したい事・欲しいモノ・成りたい状態を素直な憧憬として描き、それを手に入れる知恵と行動力を育まねばなりません。強者の質を啓く事は、意思の力で忍耐辛抱我慢を強いるモノではありません。
私の解説を聴き込む事で、問い掛けられている事に答え、応答して行きながら、まず全体的な知識を得ます。潜在意識のメカニズムを理解し、自己対話出来る能力を啓くのです。
そして、知識の全体像を落とし込む事が出来たら、常に自分のハートに問い掛けて、好きか嫌いかではなく、損か得かで判断する様に努めて行きます。
そうすると、日常に起こり来る総てが学びと成り、それを人生の経験値、つまり起こり来る事総てが人生の糧となる感覚が啓くのです。

振り返った時、自分の生きて来た道が、自分で心から納得出来るモノでなければなりません。

貴方は「わが人生には悔いなし」と言える、今日この瞬間を生きていますか?
そうでなければ、貴方は一体何の為に生まれて来て、何の為に存在しているのでしょうか?
貴方は自分の人生と言う時間を何と引き換え、何の為に使っていますか?時間は命です。
多くの人は、自らの内に眠る「潜在能力」の引き出し方を知らないまま、世の中に隷属させられ続ける状態で、ただ死を迎えるのです。しかし、これからの貴方はもう何も心配は要りません。
ここに、今まで誰も解き明かす事の出来なかった観点から、真の「潜在能力」を引き出すその訓練法が解明されました。それはまず、物的成功を目標として掲げる前に「強者の質」を啓く処に有ったのです。
古の覚者や賢者達は、直観的にこの「強者の質」を体得する事に無自覚なまま成功していた故、求道の結果、目指す覚醒にも至っていたのです。貴方も「強者の質」を拓くならば、無限の可能感を感じるでしょう。
その「強者の質」を啓くプロセスを懇切丁寧に解説したのが「お父さん塾」です。
貴方も強者の質を啓いて、古の覚者や賢者の体得した知恵と心境を自分のモノにしましょう。
理論体系のしっかりしている科学的なアプローチに依って、それは必ず出来ます。




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03成長への障害を乗り越える  [14m33s].mp3
成長への障害を乗り越える 意識進化にはどんなワナが待っているのか?

        より良い幸せや成功をする事を目指し成長する事を決意すると、様々な障害が現れます。
     しかし前もってそれらを知って置けば、それが起こった時「これがそれか」と認識する事が出来ます。
               そうするともうそれは、単にパターンとして処理する事が出来ます。
          そしてそここそが、貴方自身の課題として表れている飛翔のジャンプ台なのです。

逆さまの感覚である「顛倒夢想」は、人に逆さまの判断を与えます。
為になる事だったり真実で有る事を、ダメだとか嘘の様に感じてしまい、為にならない事や嘘を本当の事だとかそれが好きだと感じてしまうのが顛倒夢想です。普通それを自覚出来ている人は殆どいません。
しかし乍ら、それを自覚していない本人にとっては、正に自分の感じている事こそが正しいと考えています。
たまさか頭で、「その方が正しいし得が得られる方向だ」と認識しても、潜在意識に顛倒夢想が根付いていると、その方向が素直に喜べません。そちらを選択しようとすると、恐怖や不安の感情が湧くのです。
「それは良い事だ」と勧められている事なのに、そしてそれは自分でも良い事の筈だと理解出来ているのに、何だかとても嫌な気分が湧くのです。ここが潜在意識の働きを理解出来る、一つのポイントです。
潜在意識の力は顕在意識の30~50倍の力で、感情を操ってそれを止める様にと働きかけて来る訳です。
そのまま感情に流されると、元の木阿弥ですね。これを潜在抗力に依る「惹き戻し現象」と言います。
潜在意識は、損得や善悪で判断はしていません。快か不快かで如何選択すべきか判定して来ます。
今為そうとしているその選択は、潜在意識は「嫌な事だから離れなければならない」と判断している訳です。その事からも潜在意識は、頭で考える意思とは違い、損得では判断していない事が解ります。

その起こり来ている問題を快にするか不快にするかは、その人の捉え方次第で決まって来ます。
苦しみを、ただ嫌なモノだと逃げ回っていたら、それは不快なモノ以外の何物でも有りません。
潜在意識は今後もその類似の状況が起こるなら、直ちに自動的に逃避出来る方向を探そうとし始めます。
しかし、その苦しみを切っ掛けとして「それが在ったからこそ」と言える何かを掴んだならば、それは一つのヒーロー体験となります。そうすると、潜在意識はそのパターンを快と記憶して行きます。
立ち向かったそのパターンを快としてデータベースを形成する為、潜在意識はその後も立ち向かう方を自動的に選択する様になります。この様に、潜在意識に落とし込まれたデータはオート化する働きが有ります。
その起こり来ている問題を快と捉えるか、不快と捉えるかは、その人の選択の仕方次第で決まるのです。
快と捉えられる側を選択する事で潜在能力が培われますが、不快のまま放置しておくと、それは勝手に潜在抗力として育って行きます。
潜在意識は自分にとっての損得など、一切気にしません。損する事でも全く平気です。
前者は悪循環のワナに落ち込みますが、後者は成功循環に乗ります。
そして、それぞれがベクトルの様に意識の力と成って、その方向で益々加速的に力を持つ様になるのです。
前者のパターンは、自分を破壊する方向へと働く力で、後者のそれは自分を建設的な方向に導く力です。

逃避方向を向く心的態度は、自分自身のハートの声に背くものです。それを自己欺瞞と言います。
自己欺瞞とは、自分自身を欺いている嘘ですから、ハートの声に耳を傾けない限り、自分が自分に嘘を吐いているという自覚は全く生まれません。それが自己欺瞞の面白い処です。
そして、自分の信じたいとする方向を信じる為に無意識に虚構を作り出します。
その人なりの人生観・世界観とも言えるモノですが、単なる思い込みの一種であり、それも顛倒夢想です。
自分にとって為になる事に出会っても、決意決断の心を以て「それを取り入れるぞ」という責任を引き受けず、無意識に保留をする事も、それはよく見ると自分のハートに対する裏切りです。
何故ならハートは、自分の成長に必要な課題を自分の為に引き寄せているのですからね。
この無自覚な自己欺瞞を積み重ねて、人は知らない内にせっせせっせと顛倒夢想を太らせ、自分の敵として働く潜在抗力や潜在邪魔力を培って行くのです。道理が観えないという事は恐ろしい事です。
良い話・本当に為になる話・・・そんな真理を目の前にして、人の意識には同類親和の法則が働いているので、人は、自分の内在させているデータ通りの反応を無意識のまま示して来ます。

分離側の質を内在させている人は、統合側の質を示される事、そしてそれを観る事を拒絶します。
意識次元では、マイナスはプラスに反発するからです。この原理は、人間観察に面白く応用が出来ます。
何らかの言動や態度で統合側の質や概念を示した時、それに反発する度合いで、その人の中にどれだけの自己欺瞞や虚構を抱えているかが判る様になります。この様な道理を見通す眼を知性と言います。
知性の無い人は、自分の世界観こそ絶対で、道理を確かめようともせず、好き嫌いで判断し続けます。
また、自分の中にもその感覚は在るので、分離意識が削り落とされて感覚が研ぎ澄まされて行くと、自分の心に浮かぶ気分や感情で、相手の抱え込んでいるデータの種類が判る様になります。
もし貴方が、統合側の質を究めようとしたら、分離の質を変えようとしない人間は貴方の傍にいられなくなります。逆に統合側の質を持つ人間が寄って来たり、その仲間に吸い寄せられたりします。

意識次元は物理次元とは反対で、同質同士は引き合い、異質なモノは反発し合うからです。
これは「同類親和の法則」と言う原理原則です。類の法則とも言います。これには誰も抗えません。
自分のその分野が統合側に立っているなら、相手の分離側の質に嫌悪が生じ、統合側の質には好感が湧きます。また逆に自分に分離側の質が在ると、相手の統合側の質に嫌悪が生じます。
もし自分に分離側の質が在れば、相手の分離側の質を正しいと感じて、お互いに引き合う訳です。
統合同士は引き合って上昇して行きますが、分離同士は引き合って下落して行きます。面白いですね。
こういう事が、我々が道理を言語化して知覚する以前に、無意識レベルで起こっているのです。
潜在意識は、意思より先に既に何かを感じ取っています。事前にサーチして選択の判断をしているのです。
この相手のデータに対する反応として、こちらに起こり来る感情を「反対転移」と言います。
正しく使えば相手の状態を知り、その本質を見抜く凄い武器になりますが、間違っていたら大変ですね。
為になるモノをせっせと排除してしまう力ですからね。良くも悪しくも、潜在意識の凄さの一面で有ります。
人を見る眼が在ると言われる人は、一々この様に言語化せずとも、原理原則に基いたモノをしっかりと携えているので、ちょっと相手と会話するだけで直観的に判断が出来る、この様な感覚を持っているのです。
そういう訳で、頭で「これが良い方だ」として認識しても、今までマイナス方向に意識の力が育っていた人は、それに抗う力が内から勝手に湧いて来るのです。では、それをどう乗り越えたら良いのでしょう?

それでは「お父さん塾」からそのコツをお教えしましょう。
潜在意識は、現実とイメージの違いを区別しません。この性質を活用すればいいのです。
想像に依るイメージで描き出した事でも、それがリアルなモノである程、潜在意識は現実体験したデータと同じ様に単なるデータとして蓄積して行きます。そこで!です。潜在意識は快か不快かで判定します。
ならば、教えられた良い話のその得する方を選択した結果、どんなメリットが生じるのかと、その事ばかりを考えてイメージを描き、それを快として感じていたら良いのです。想像力をしっかりと鍛えましょうね。
良い方・正しい方・得する筈の方を選択しようとすると、不安心理や嫌になる気持ちが湧くのは、今までの心遣いの力積の結果なのです。想像で作り出した快の量が少ないと、過去に蓄積した力積に流されます。

潜在意識が自動化するとは、今まで選択していたパターン通りに事を運ぼうとする力なのです。
そう感じ、そう選択する事が、無意識の習慣と成っており、自律神経化している訳です。
今までは、その方向での選択が「逃げ出す事で巧く行った」という様な種類のモノを快と感じていたからです。つまり間違いなのですが、分離側の心遣いであるモノを快と捉えてしまっている記憶が在るからです。
しかしそれを続けていると、人生には色々な問題やトラブルが生じて来ます。不自然だからです。
そこで、心構え知識などを知って、その様に為になる事をしようと思って見ても、自律神経化している習慣はおいそれと納得してはくれません。何とかそれを止めさせる為に、感情や気分を総動員して来ます。
嫌な気分を湧かせたり、やる気をなくさせたり、事前に於いては、無関心にさせたり眠くさせたり。
飛び入りで用事が出来てしまう事も有ります。全て抵抗です。潜在能力ならぬ、潜在抗力の出現です。
誰かに教わった、自分のとるべきその正しい方を選択しようとしても、どんなメリットが得られるかと言う快のイメージが少ないとそうなるのです。ですから、顕在意識でしっかりと損得の分別を付けなければなりません。
そして損する方向のモノには不快のイメージをしっかりと描き、それを他人的な潜在意識に、それは嫌な事だとしてきっちりと教え込む必要が有るのです。

成長への障害は、内から起こるモノだけではありません。外部からもやって来ます。
意識は量の様なモノですから、集団の中でもその法則性は個人と同じ様に働いて来ます。
もし貴方が成長して統合側の質へと変容しようとしているなら、周囲に存在する分離質の人間が強烈に貴方の足を引っ張り始めます。出ようとする杭は打たれてしまう訳です。出過ぎた杭は称賛されますけどね。
そしてその分離の質を内在させている人達は「貴方の為」と言う様々な理由を持ち出して、貴方が成長しようとする事を阻止しようとし始めます。普通の人は同類の人に、自分より抜きん出て欲しくも有りません。
故に、貴方が新しい考え方を持つ事を嫌がるのですが、それはその人がどんなに表面上貴方と仲良しでも、実は貴方に対して見下しの心が在るからです。本当の友なら、貴方の成長を祝福し、喜んでくれます。
ここが相手は本当の友なのか、それとも互いに利用し合っている関係なのか、その真実を知るポイントです。

貴方が、もし相手の分離の質を変えて上げよう等と親切心を持ったら大変です。

相手は貴方の言う事を聞いてしまえば、今までの自分の自己欺瞞で創り上げて来た人生観が崩壊しかねません。そこで死に物狂いで抵抗する様になります。また貴方を囲い込んで置きたいとする人も抵抗します。
支配欲の在る人は、貴方が成長して自由になると、自分の処を去ってしまう事を恐れるからです。
貴方の心に罪悪感が生じる様に、実に巧みに仕向けて来ます。この時「あっ!」と気付くセンスが必要です。
貴方のセンターに、原理原則と言うしっかりとした拠り所が形成されていないと、判断を狂わされます。
相手の心に罪悪感を植え付けるのは、隠微な邪悪性ですからね。人を牧場の牛にしてはいけません。
そう言うタイプの好きな言葉は「宗教みたい」とか「洗脳される」等と言う言葉で、それを軽々しく口にします。そう言う言葉で人が罪悪感を持つ様に仕向ける訳です。そして自責タイプの人はコロッと引っかかります。
「そんな事をしたら人が笑う」と言って人をコントロールしようとするのと同じ原理です。
貴方自身もいち早く、権威とか、大勢がそう言うからという事を判断基準にするのではなく、原理原則に基いて、結果思考型ではなく、因果を見極められる原因追求型の思考を養わねばなりません。
外部からの力に依って引き戻されるとしたら、それは自分の内部に巣食っている分離側の質の力積なのです。同類親和の法則は厳然としてその様に働いているのです。
そして過去と他人は変えられません。これも原理原則です。

良い事を知ってしまって、相手を変えたいとする心も障害の一つです。
酷いのは、知ってしまった何らかの良い知識や概念を以て、それで人を責める材料にする人もいます。
心的態度は相変わらず学ぶ前と同じで、分離を向いたままです。Beingは何も変わってはいませんね。
学ぶ人の陥る顛倒夢想の一つです。
そんな態度では、人の心を掴む事は出来ません。相手は益々感情的に逆らって来るだけです。
道理から物事を考える癖が相手にちゃんと形成されていないと、幾らでも屁理屈を捻り出しても来ます。
相手を変えて上げられるのは、相手が困っている時とか、それを望んでいる時に於いてのみです。
相手がそれを望む様に仕向ける事です。如何したら相手がそれを欲しがるようになるかと考えましょう。
それを考え続けて、試行錯誤してみましょう。ディール・カーネギーの「人を動かす」がお勧めです。

このテキスト群は、独習するにも勉強会の素材にするのも大変役に立ちます。
テキストの一行一行を「それって如何いう事か?」と質問を以て、それに応え、考え込みながら読み込む事が「読み込み読み解き読み取る」コツです。文章からその真髄を掴み取る、読解力を高めて下さい。
たった一行でもその意味を、他の人にも理解出来る様に説明するツモリで、例えを考えたり、幅や奥行きを広げて思考するのです。そうする事で、貴方は知らず知らずの内に説得力も身に付ける様になります。
真意を汲み取ろうとせず、思考力を使わず、字面を読み流すというのは、思考力を働かせない悪癖です。




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04弱者の質から強者の質へ  [14m25s ].mp3
弱者から強者の質へ   自己再生の科学的アプローチがこれだ!

         今のままでは嫌だという想いさえ有れば、貴方は必ず変容出来ます。
               貴方はどんな事が得意に成れたらいいですか?
        それが出来たらいいと思う事に、何が得意不得意を作り出すのでしょう?
            企画力やアイディアの湧く頭脳と行動力を手に入れましょう。

目には見えませんが、強者はとてつもなく大きく育った意識の力を持っています。
自分の望む成功へ主体的に行動を起こせる人を強者、そう在りたいのにそう成れない人を弱者と呼びます。
貴方が、「今のままでは嫌だ」と思って変容を望むなら、意識の力と言うモノをしっかりと理解する必要が有ります。それは理性の力や意思の力ではありません。感情や気分や衝動・欲望と言ってもいいでしょう。
志と書く「意志の力」と言う言葉も有りますが、それは上手に育てた意識の力の事だったのです。
意志が弱いとか意志が強いという言葉が有ります。これも理解しやすくする為に正しく言い直しましょう。
意志が弱いとは、意識の力の育て方を知らなかった、という事です。
また意志が強いとは、知ってか知らずか、意識の力を育てるコツに何故か気付いていたという事です。
別の言い方をすると、意志が弱いとは、例えて毎日貰っている小遣いを総て、全部捨て続けている様なモノです。
意志が強い人と言うのは、それを捨てる事無くちゃんと溜めていたというだけの事です。
だから、いざと言う時、強者は何でも買えますが、弱者は何も買えない訳です。
意識の力を育てるには、忍耐辛抱我慢は要りません。むしろ、ワクワクする気持ちの方が重要です。
今まで知らずに捨てていたお小遣いを、今日から溜めるとしたら、ワクワクして来ると思いませんか?

弱者の立場からスタートするには、忍耐辛抱我慢は有害です。
寧ろ今までの人生で、忍耐辛抱我慢を強要される局面が多かったので、弱者になってしまったと言ってもいいでしょう。それも追々ご理解頂ける様に成ります。知らずに捨てていたモノに気付きましょう。
潜在意識のメカニズムから見れば、忍耐辛抱我慢は借金を作っていると言ってもいいですし、ゴミばかり拾って溜めていると言ってもいいでしょう。
忍耐辛抱我慢の状態を放って置くと、それは状況を悪化させ、更にその状態を招き込み悪循環を起こします。その借金やゴミの重圧で、弱者は益々身動き取れなくなっているのです。
何故こんな簡単な原理を、今まで誰も教えてくれなかったのでしょう?貴方は目から鱗が落ちますよ。
忍耐辛抱我慢を人生からとにかく排除し、ワクワクする気持ちの育て方を知ればいいのです。
後は、成長の過程で起こり来る様々な障害やトラップを前もって知って置けばいいのです。
という事は、そう言う方法で意識の力の育て方に気付きさえすれば、強者の質としての一般に言われる「強い意志」というモノを、誰でも手に入れる事が出来るという事です。それは出来る人間に成れるという事です。

自分の望む成功へ主体的に行動を起こせる「強者の質」が啓けている人の特長を幾つか見て見ましょう。
自分は何の為にそれをしているのかという、はっきりとしたテーマを持っている。
色々なノウハウをスキルとして身に付ける事が出来る為、その分野でエキスパートになっている。
人に教える力を持ち、何事も、一応定めた目標を完遂するまで実行し続ける継続力が有る。
自発的な発想力や企画力を能力として持っていて、それを実行に移す行動力・実践力が有る。
人を巻き込み動かす力、それが商品ならそれを欲しくさせる力・・・説得力を持っている等々。
これらをセンスともいう訳ですが、これらのセンス(感覚)を開発出来なかった人が弱者と言う立場に置かれ続けるのです。強者の質を持つ人と言うのは、これらのセンスを意識の力にさせているのです。
そしてこの自動的に働いてくれる意識の力は、練り上げれば練り上げる程カリスマとなって力を持つ様に成ります。意思の力の30~50倍の力を持つ意識の力にさせていますから、事の遂行は実に楽なものです。
意識の力が育っていない弱者が、強者のそれを表面的に真似ようなどとしたら、30~50倍の気苦労がいる事に成ります。だから、弱者は強者には敵わないと錯覚して、自ら諦める様になるのです。
例えてスプーンとフォークだけで一反(300坪の畑を耕すか、耕運機で耕すかと言う程の違いが有ります。
どっちが楽かとよく考えて見て下さい。心の眼を啓くと、強者の質であるbeingというモノが見えて来ます。
これこそがザ・シークレットだったのです。貴方は今後も人力によるスプーンとフォークだけで頑張りますか?

弱者の立場の人は、意思の力ではなく、意識の力に作業をさせるという概念を理解する必要が有ります。
この意識の力を、一般には潜在能力と言います。潜在能力は、忍耐辛抱我慢に依っては開発されません。
強者の質を持つ人が夢や希望と共にその意識の力を楽々練り上げている時間に、弱者は物事の真の捉え方というモノを教えられず、競争型努力を強いられ、不安や心配と共に忍耐辛抱我慢の中に漬け込まれます。そうして潜在能力ではない意識の力、潜在抗力と潜在邪魔力というモノを育て上げられてしまいます。
これら潜在抗力と潜在邪魔力というモノは、先の強者の質を持つ人が開発するセンスを、尽く、それを身に付けたいとするその原点から阻害する意識の力です。ここの処をしっかりとご理解下さい。
やったら絶対得する事だと知っているし、自分の実力になると分ってもいるのに、何かが抵抗して、それを実践し続ける事が出来なくなるのです。一体このブレーキの様に働く力は何なのでしょう?

一般には、「意思の力が弱い」という事で簡単に片付けますが、それは大間違いです。
そう考えてしまうから、自分自身を磨く事が不可能と成ってしまうのです。意思の力ではありません。
そのブレーキを潜在抗力と言うのです。自分自身を変えられなくする力は潜在邪魔力です。
弱者は何と、強者の質を持つ人とは、まるで逆の資質を形成してしまう様に、世のシステムに依って条件付けられてしまっていたのです。何でも問題解決に当たっては、その原因を探る事が大切です。
原因が判れば解決手段が見えて来ます。解決手段を実践可能な因数に迄分解出来れば楽なものです。
弱者でも、「それなら自分でも出来る」と言える、それは寝そべっててもその訓練が可能になる程易しく、そしてその一つ一つまで細かく因数分解したその思考訓練ツールが「お父さん塾」なのです。

貴方は、今まで自分の為す努力が実らない、そのメカニズムを科学的に理解して知る事こそ重要です。
そして貴方がその事に気付かないと、貴方の子々孫々の累代に渡って被支配階級からは抜け出せず、貴方の子孫は、いつまでも隷属的なエンプロイー意識を植え込まれ続ける事に成るでしょう。
そしてそこにはクーエ博士の唱えた「逆効果の法則=努力逆転の法則」が働き続けるのです。
それは努力すればする程、絶対に避けたいとしていたそれに、正に正面衝突してしまうという事です。
より良くなる為に頑張って来たのに、殆どの人がそれとは逆の全く報われない人生になってしまっています。
その謎も、貴方は「お父さん塾」で、目から鱗が落ちる様に理解出来、積年のモヤモヤが一掃する事に成ります。今解説している事がちょっと難しいと感じるなら、今の段階では次の言葉を覚えて下さい。
今のままでは嫌だ。私は強者の質を啓きたい」・・・そう感情を以て何度も繰り返し、感じて下さい。
モヤモヤ解消、それは意思の力ではなく、実に単純な方法で意識の力を練り上げればそうなれるのです。
そしてその方法は、実に容易い思考訓練の量稽古、つまりその積み上げに過ぎません。
貴方は今ちゃんと起きていますか?私は、貴方も強者の質を啓く事が出来ると言っているのです。
貴方には今、ここで述べられている事にピンと来てるか「その意味が分っている」という実感が有りますか?
そして「それって本当?」と期待感が膨らんで来ていますか?それとも字面を眺めているだけでしょうか?

「私は強者の質を啓きたい」・・・その想いさえここで定まれば、貴方はこの段階では大成功です。
後は講義が進むにしたがって、一つ一つの理の理解を重ね、更にそれを落とし込む為に反復してさえすればいいのですから簡単です。それは「やらなければならない」世界ではありません。
「やらずにはおれない、やらなきゃ損だ」と言う気持ちが、講義を反復しているだけで沸き起こって来ます。
そして、日常の中でのちょっとした瞬間に、頭の中でそのコツを使い続けていたらいいのです。
このコツを学ばないとしたら、折角当たっているのに、3億円の当たりくじを破って捨てる様なモノです。
3億円の当たりくじを破って捨てる・・・もしそんな愚かな事をする人がいたら貴方は如何思いますか?
この、やったら誰でも出来る、科学的で実践が実に容易い方法が発見されたというのに、それを見逃すというのは、3億円の当たりくじを破って捨てるのと同じ事です。思い立ったが吉日と言います。
貴方は、「後から指を咥えて見ている」しかなくなる愚者の選択肢を、絶対に選んではいけません。

そして、「こんな事が出来たら」という事を色々と想像して、期待感を膨らませましょう。
色々な分野で様々な事が想像出来ますが、それを叶えるにも(その90%はお金が絡んで来るでしょうから、ここでは経済面で考えて見ましょう。収入アップを図るには、どんな事が出来ていたらいいでしょう?
お金が稼げる人間、または業を起こせる起業出来る人の質という事を考えるといいのです。
文章に対する深い読解能力が有り、人の話からでも字面では無く、その真意を汲み取る事が出来る。
自分の感じる事・思う事を言葉で表現出来、相手にも共感させる説得力が有る。
色々な教材から習う事をスキルとして身に付け、それを自分のビジネスに応用する事が出来る。
豊富なマーケティング知識を持ち、企画力と継続的な行動力と実践力が有る。
ネットを活用出来るスキルを持ち、人の心を動かせるコピーライティングが出来る。等々。
その結果、貴方は収入を生み出す資産というモノ、つまり収益システムを作り出す事が出来るのです。

潜在抗力や潜在邪魔力は、そう在りたい弱者のマインドにどの様な障害を作り出していたのでしょうか?
一言で言えば、弱者は成功者からどんなノウハウを学んだとしても、思考が広がらない・連想が浮かばないから始まって、応用が効かない思考になっているという事です。
習った事以上の事は、何も分らないし考えが及びません。これは暗記中心の義務教育の弊害です。
幾ら応用的な話を聞いても、ただ知識を増やすだけで、常にABBCに留まっています。
自分なりのCAの発見という、「腑に落ちた!解った!」と言う感覚が生じないのです。
これは思考がブロック状態に在るのです。「自分の場合はこうすればいい」が何も出て来ません。
その度合いもだんだん酷くなると、「手とり足とりおんぶにだっこ」でないと、何も行動出来ません。
自分では何をしたらいいのか分りません。強者が如何いう思考状態に在るのか等考えた事も有りません。
言われた事しか分らない・絵を見なければ何も理解出来ない動物状態です。考える事が出来ません。
弱者は認識力というモノが、十の説明を受けて、やっと一つが分るか否か、という様なレベルなのです。
強者は一聞けば十を悟る様な、そして自ら重要性を発見出来る鋭い感覚を持っています。

強者と弱者では、そのセンスと認識力は100倍の差が有ると言っても過言では有りません。
弱者は文章を読んでも、字面以上にその言葉の持つ潜在的な意味の広がりが、自力では殆ど汲み取れないのです。自分でその文章の意味を深く高くそして広くと、広げる事が出来ないという事です。
これは超重大な問題です。しかしながら面白い事に、弱者は読解力が無い事自体に気付いてもいません。
これは知能の良し悪しの問題ではありません。その様な感覚開発訓練が人生に有ったか否かの違いです。
義務教育時代と+αの12年間で、記憶し、暗記する力を問われ続けている内に「独立して自ら思索出来る能力」、つまり考える能力というモノを全くと言っていい程、封印されてしまっているのです。
そして、建設的な方向へ発展しようとする質を、封印させる意識の力は年々強くなる様に育てられています。
貴方はこの様な真実を示されて、今後もそういう真実を見聞きしなかった事にして生きて行きますか?

この様な学業の成績には表れない処に、人の幸不幸を決定づける要素が隠れているのです。
さて、ではどの様に封印を掛けられ、そしてその封印自体に年々力が加わって行く、そんな状態の中から、弱者は、強者の質というそのセンス、または感覚を啓いて行ったらいいのでしょう?
弱者は、強者の質が啓けている人とは、学習の仕方がまるで違う事を知らねばなりません。
弱者にとっては、成功する法則とか、そのエッセンスとかだけを幾ら聞いても意味が有りません。
それが為になるモノなら、その人の内に敵として巣食った潜在抗力が「保留」させたり「無意識の真理否定」を起こして、それがガンとして居座り、潜在能力の発達を許さないからです。
そんな弱者の潜在的な心理状態を完全解読している「お父さん塾プログラム」で直ちに楽しい思考訓練を始めましょう。強者の質を啓かない限り、どんな良いと言われるノウハウもスキルとしては身に付きません。
貴方の人生に残されている時間は、後凡そ幾らぐらいですか?今のままでは絶対に嫌です。
弱者の為の世界最強の新成功法則「お父さん塾」で、強者の質を啓き自己再生を図りましょう。




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05貴方は「お父さん塾」で生まれ変われる  [14m19s].mp3
貴方は「お父さん塾」で生まれ変われる   強者の質を啓くには?

                 賢者の教えに基いて、自分の思考枠を広げましょう。
         弱者には、強者の質を持つ人には観えている、何が観えていないのでしょう?
       思考習慣改造の第一歩は「~だったらいいな」と、素直な憧憬を育てる事からです。

こんな大切な事が、学校では教えられていません。また誰もその事に気付いていません。
それは、幼少時には誰でも強者の質を啓く事が出来るのに、その方法が用いられず、殆どの人が隷属的なエンプロイー意識の弱者と成る様に条件付けられているという事です。
誰もその様な事が進行しているとは気付いてはいませんが、そんな中でも、幾ばくかの人間が生来の気質からその秘密を何故か探り当て、それに従って強者になって行っているのです。
その人は、その人の活躍する分野では、意識の力を完全に自分の味方にする事に成功したのです。
この強者の質を啓く「生来の気質」に相当するモノを、弱者にもそれを種として植え込めばいいのです。
種として植え込むなら、後はそれを育てるだけです。そうすれば弱者も強者に変容出来ます。
ここでのポイントは2つです。強者の質を啓く「生来の気質」を種として植えるという事と、それを育てるという事です。これが出来れば、人は人生を自在に操れる強者へと勝手に育って行くのです。

「ではその方法は?」と、その答を聞けば余りにも簡単過ぎてバカバカしい程です。
でも人は、そのバカバカしい程簡単な事に気付かなくて、日々を悶々とし、呻吟しながら生きているのです。
答を聞いても簡単過ぎて、余りにもバカバカしいから誰もやらないのです。
そのバカバカしい程簡単な答えというモノを申し上げましょう。準備はいいですか?行きますよ?
それを知ったら、貴方も強者の質を身に付けられるというその凄過ぎる2つの秘密とは?宜しいですか?
その、2つの答えとは。強者の質を啓く「生来の気質」とは、①いい事には素直に憧れる・・・という事です。
そしてそれを育てるとは、②その事をいつも心に繰り返し描いているという事です。
いい事に素直に憧れ、その事をいつも繰り返し心に描いているなら人は誰でも強者になってしまいます。
「いい事に憧れ、その事をいつも心に描いている」事で、潜在能力としての意識の力は育ちます。
「いい事に憧れ、その事をいつも心に描いている」・・・そう思考するのに、お金は全くかかりません。
もしそれをやろうとするなら、そう考えるだけで済むのですから実に簡単な事ですよね。
理解するには、バカバカしい程簡単な命題ですね。この意味が分らない人は世の中に存在するでしょうか?
「いい事に憧れ、その事をいつも心に描いている」と言う意味が分らない人。・・・恐らく存在しないと思います。
簡単過ぎて、覚えるにも値しない事だとして、3時間後には、そんなテーマを問い掛けられた事さえ忘れるでしょう。しかし、貴方だけには、普通の人が如何感じるかを鑑み、ここでピンと来て欲しいと思います。

「いい事に憧れ、その事をいつも心に描いている」という事が出来ている人がどれだけいるでしょう?
ちょっと一歩前に出る気持ちで、この事に付いて、より深く考えて見て下さい。
人生には、いい事に素直に憧れる機会は山の様に在った筈です。
そしてそれをずっと繰り返し巻き返し、心に抱き続けていても良かった筈です。でもやってません。
第一、そうする事が大切で、人生を左右する程重要な事だ等と気付いている人が殆どいません。
世間を見渡して見て、殆どの人が弱者のままだという事を見れば、この簡単な事が誰も出来ていないという事です。実に簡単だけれども重要だという認識が必要です。
酸素なんて、地球上の何処にでも幾らでも在るので、どれだけ吸ってもタダです。
タダだから価値が無いのでしょうか?いいえ。酸素が無ければ私達は1分と持たずに死んでしまいます。
タダでも非常に重要なモノが酸素と言う存在です。
同じ様に「いい事に憧れ、その事をいつも心に描いている」というのは、実に簡単に思える事ですが、それは人生を強者か弱者、成功か失敗か、幸せか不幸か、自由か不自由かを決定づける原因因子なのです。
舐めてかかっては大変な事に成ります。

この「重要性に自らではなかなか気付けない」と言う弱者の質の基本的な問題点を掘り下げてみましょう。
私達は義務教育から高等教育を通して、考える事よりも暗記中心に訓練が続けられます。
そうすると、「考える」という事が出来ない思考回路が出来上がってしまいます。
考える事が出来ないという事は、比較する事が出来ないという事です。
目の前に、或る事象や概念が提示されても、それに付いて「それは自分にとって損する事なのか得する事なのか」を比較する事が自然な思考パターンとして流れません。好きか嫌いかでただ「感じる」だけです。
考える力を養い基礎と成る「自分で自らのテーマを見出して生きる」と言う教育は全く為されません。
人々を、何が分らないのか分らない状態で社会に投げ出すのが現代教育システムです。
人々は「自分が何が分らないのか分らない」事自体を全く解っていません。
故に命令する人を求める様に成ります。この意識状態を「無知の無知」または「無意識的無能」と言います。

自分には何か解っていない事が有ると感じて、それに危機感を覚えるセンスが必要です。
質問をする事で、そのテーマの理解の幅を広げる事が出来るのですが、考える能力が欠如していると、そもそも何を質問したらいいのか、その質問自体が浮かびません。
そもそも深い事が解ら無くても疑問も浮かびませんし、そんな低レベルの自分であってもまるで平気です。
文字を読んでも講義を聞いても、その字面しか理解出来ないブロック思考状態にハマったままです。
その一行の文章がどんな含みを持ってるのかと質問を重ねて、それが自分の人生に応用が効く様にと、その幅や奥行きまでをも理解して掴み取ろうとする感覚が、全く欠損しているのです。これは重大問題です。
感覚の欠損・・・幼児時代に獲得しておくべきこの感覚が全くないまま、殆どの人が成人しているのです。
新聞テレビは、何か起こった「事」は報道しますが、それが「何故」起こったのかその真実や真相は報道しません。何も考えず、その事に不満を持たないで満足している人が新聞を買い、テレビを見ているのです。
自分に持たねばならない感覚が欠落しているのに全く気付いてもいません。

こう言うセンスや感覚では、出くわした事象から何も学び取る事は出来ません。
人間は、起こり来る事総てを糧、つまり人生の経験値にする学習能力を持たねばなりません。
しかし義務教育で条件付けられてしまった通り、考える事が出来無ければ、人生経験はザルで受ける水です。何かを経験しても、そこから何も学べない状態に陥ります。学習能力が無い人間に成ってしまう訳です。
起こり来た事を活用して、その認識を拡げようとする感覚・・・それが質問力です。
それが自分の人生に応用が効く様にと、その幅や奥行きまでをも理解して掴み取ろうとする感覚。
それが在るからこそ、色々な質問が生まれて来るのです。思考が働いているとはそういう事です。
こんな重要な事を「感じる」という感じ方の欠損・・・そしてそれが大変な事だと気付いてもいない鈍さ。
これを理解するのに、視覚でも聴覚でも、五感のいずれか一つでも欠損していたらどれだけ人生が不便になるかを想像してみる事です。それと同じ事が意識次元では起こっているという事に気付くべきです。
弱者は、強者が持っている感覚を自分は持っていないという事に気付いていません。
それでいてその事自体に平気なのです。私はこれを「の無知」と呼んでいます。
そんな状態でいいのでしょうか?ここまで来ると、弱者が苦しみに塗れているのは当たり前だと言えますね。

「お父さん塾」では、認識の第四段階に落とし込まれた記憶は自動化すると教えています。
例えば、質問力が育って来ていると、何かの事象に対して直ちに質問が立ち上がって来ます。
「それって如何いう事?」「何故そう言えるの?」「それがそうだとその先如何なるの?」「その証拠は?」
「それがそう成る訳は?」等々、その時と状況に応じて適切な質問が次々と勝手に立ち上がって来ます。
その事象なり現象を完全に理解したい・把握したいとして、理解出来ない部分を埋めようとして質問が立ち上がるのです。この質問力が育っていないと、如何なるでしょう?
そうするとモノの道理とか因果というモノが観えなくなり、形に表れた結果しか見ない思考回路に成ります。
そしてその結果だけを元に総てを判断する「結果思考型」の思考回路が出来上がってしまいます。
そうするとその人にとっては、原因に付いては勿論、因果とか道理というモノはもう関係ありません。
ただ、自分の判断には拠り所と成るモノが全くないので、大勢の意見や権威と言う、表面に観えるモノを自分の選択の判断基準にします。儲け話という事では、詐欺師の演出だけでコロッと騙されたりします。

「それがそうだとその先如何なるのか?」と言う、如何理を観通そうという質問が無い人の思考回路。
弱者は、建設的な意味や美徳を表す言葉に付いても、「それが自分のモノだったら如何なるだろう?」という発想が浮かびません。物事に付いて、その因果を思考するという基本的な思考が欠落しているのです。
ですから、強者の質を持つ人なら、既に自前で持っているこの感覚を開発する事から始めねばなりません。
弱者は基本的に、逃げ出す方向を探る質問が自動的になっているのです。
「為になる事」なのに、その道理や因果を考えた事が有りませんから、それを「何となく嫌だ」とする、何処かで捉え間違えた逆さまになっている感覚に全くの無自覚です。ここの処を考えて見ましょう。
例えば、成功と言う言葉を聞いてもその言葉から受ける印象は人様々です。
成功と聞いて自分はそう在りたいと素直に感じる人がどれだけいるでしょうか?
「自分には成功なんて有り得ない」という、間違った思い込みを作ってしまった人にとっては、成功者はジェラシーの対象です。テレビでも経済界でも成功者は、自分とはまるで違う世界に生きています。
そうすると、成功と言う言葉を聞いただけで、それは嫉妬を意味するので、嫌悪を感じるかもしれません。
成功と言う言葉に嫌悪と言うマイナスイメージが癒着してしまって、それがその人の判断基準となってしまったのです。また、潜在意識と言うだけで、何か怪しいと感じる人もいるでしょう。
何がその人にそういう反応を起こす様な原因になっているのでしょうか?

私達は、日本語を大切にして、その言葉の持つ本来の意味をちゃんと把握せねばなりません。
「チャレンジ=失敗=避けるべき事」と言う図式がイメージ的結論に成っている人は、ちょっとした事でもチャレンジが出来ません。「積極的」には、「恥ずかしい」とか「面倒臭い」が癒着しています。
そう言うマイナスの側には無意識レベルで自動的に連想が広がって行く様にもなり、マイナス思考と言う精神時間複合体を作り出してしまっているのです。
「愛=手に入らないモノ・怨憎を生み出すモノ」「親切=見返りは在るだろうか?」
「セールス=自分は嫌いだ・人を嫌な気持ちにさせたくない」「努力=報いの無いモノ」
「人前に立つ=自分は内気だ・隠れていたい・恥ずかしい」「感想を述べる=何も浮かばない」
等々、凡そその言葉の持つ本来の意味とは逆の認識として捉えられているのです。
これらの、それらが自分のモノだったら大変いい筈の言葉に憧れを感じるどころか、避けたがっているのです。その殆どが競争型努力を押し付けられて義務教育時代に植え込まれてしまったモノの弊害です。
何と「いい事に憧れその事をいつも心に描いている」どころか、「いい事に忌避を感じその事をいつも心に描いている」と言う状態をもう長年無意識にやっており、放って置けば今後もそのパターンは続きます。
平均的な人で、およそ200~300個ものこういうイメージ的結論が認識の第四段階に居座っています。
そしてそれはもう深く考えずとも、自動的に排除する方向で勝手に働いてくれるのです。

「お父さん塾」では、こう言う部分に意識の光を当て、その認識は本当に正しいのかハートに尋ねさせます。
言われてみたら「あっそうか!」と言える事からマインドの再構築が始まります。
弱者の質の「とほぶる=逃避質問・保留癖・ブロック思考」が自動的に働き続けている状態をお座なりにしたまま、強者の質を啓く事は出来ません。この「とほぶる」意識を大量の解説が「タオめる」に置き換えます。
この今まで気付きもしなかった、そして考えた事も無かったこの小さな思考の悪癖群が、一切修正されたら貴方の感じる気分は如何なると思いますか?さあ、自分でもその先を自分で考え描き出して見ましょう。
自己再生とは、凡そ200~300個の「損するのにそれがいい」「得するのに嫌い」と間違って覚え込んでしまったその一つ一つを、単語のレベルから正気に戻す作業です。貴方の神経組織は蘇ります。
そしてその一つ一つが修正される度に、貴方には一歩一歩と強者の質が啓いて来ます。
実感としては、人生に於ける不安や心配の領域が減り、不可能感が縮小し、可能感がどんどん広がる感じです。「お父さん塾」は知識教育ではありません。強者の質を啓く、感覚開発の教育です。
ですから、学んで気付いたら気付いた分だけ、実感出来る実りを感じる様になります。さあ、始めましょう!





願望成就法実践の前に        既存の成功理論の落とし穴。

           世の中には、様々な「願望を叶える」と称する技法が存在しています。
          成功法則やマーフィー理論、引き寄せの法則などニューソートの技法。
             易や四柱推命など、占いに依って運命を切り拓こうとするモノ。
           神仏や宗教等を通して、超越的な力に依存しようとするモノ、等々。

人間を幸福にするという様々なモノが在るのは、それによって実感を感じている人が存在するからです。








全国のライトワーカーたちよ、集まれ!