session8

 

 ご挨拶       session8 のスタートに当たって。


 「前代未聞の」という言葉と「歴史的チャンス」という言葉が有ります。歴史を振り返って見ると、その当時に在っては、人々は、今までに聞いた事も考えた事もない大きな事件に遭遇しました。特に、パラダイムシフトは人々の人生観そのものを変えます。日本に於ける、徳川幕府成立・明治維新・敗戦・・・。世界でも、産業革命やアメリカの独立戦争始め、各種の革命・発明など等。


 今「坂本龍馬」が大人気ですが、その時代の大転換期に在っていち早くチャンスを捉えて対応するその斬新な発想と勇敢な志に人々は憧れるわけです。「前代未聞の歴史的チャンス」・・・それをキャッチするセンスが有ったのです。「出来たら自分もその様に在りたい」と一般の人々が潜在的に願望するから、彼はヒーローに祭り上げられているのです。その願望は貴方にも潜在しています。確かに、彼は大きく動く歴史の一端を担いました。しかし、大部分の大衆に在っては、事が起こって始めて、何かが起こったと理解するのです。


 今、私達の目前には、それらのパラダイムを遥かに越える様な変革が迫っています。デジタル革命・金融革命・エネルギー革命・社会システムの変革・・・それらを導く「今はまだ小さな人々」の情報を聞くにつれ、ワクワクと心躍るものが有ります。その中でも、我々にも前代未聞のチャンスが到来しています。それは、人類の在り方そのものを変革し得る程のモノです。


 コペルニクスが地動説の概念を論文にしてそれは20年も机の引き出しの中に眠っていました。世間に発表する事を恐れたからです。・・・ガリレオ達に発見されるまで。後からなら、人々は何でも理解出来ます。しかし、傍観者はその最中には何が起こっているのか皆目検討もつきません。その結果、いつも利用され、搾取される側に甘んじさせられています。しかし、自分はそうであっていいでしょうか。これから迫り来る大いなるパラダイムシフトの準備をしつつ、その時の「坂本龍馬・吉田松陰」で在れる様、直ちに準備しましょう。


 このセミナーも8年目に入りました。開催回数は既に80回以上に及びます。このセミナーは内容が各回毎に積み重ねられて進んで来ました。今までの講義を聞き理解しているものとして進んで来ましたし、これからもその様に行きます。後から参加された方もいつでも追いつける様に、記録は「講義録」として総て録ってあります。お誘い頂いた方にお尋ね下さい。インターネットでも一部分を無料配信しています。


 今、8年の学びを積み重ねて来られた方々の心には、大樹と成る木の種が静かに根を出し始めました。何気なく呼びかけられた何でもない様に見える当セミナー・・・しかし、その「事の重要性」の重大さに気付かれ始めたのです。仏陀やイエス・キリストの教える奥義の一つ、「心眼」が開眼し始めたからです。


 顛倒夢想及び統合分離の概念の理解とその普及は、人類を救済します。私達には古からの聖人・賢者・成功者の真の伝統が流れ込んで来たのです。それも秘儀を伝える一子相伝の様な精密さで。それを誰もが学べるモノとなったのです。


 学ばれて来た古い皆さんに問う。

「学びによって得た今の認識を失えますか?それはどれ程の価値のモノですか?」

失うとしたら・・・

それは例えて、人生に於いて、少年期から青春期を経ないままいきなり老年期に至るほどの様なモノです。青春期が全く無い人生を送るとしたら・・・しかし、殆どの人がその様な人生を過ごしています。人生の真の青春=開花(自己実現)が無いのです。

新しい方は、この見えないチャンスに気付き、人生の真の青春を手にして下さい。

「前代未聞の歴史的チャンス」に気付いてしまった古い方は、新しい方に、まずは意識改革のスタートに成功した「反復の秘密」・・・落とし穴を潜り抜けたその「秘密」を話して上げて下さい。

せっかくご縁が生じたのですから。

そして必ずや、古今東西の世界の賢者の智慧を手にして下さい。


皆様に最高の喜びが訪れる事を祈念致します。


                        2010.09.19  潜在能力開発研究所 重見幸俊


 第一回

成功の為にすべき事 まず求めよ・・・イエス・キリストの言葉を深く掘り下げる。

  ブッダフッドを目指す心境は、単なる成功を目指すより、より強烈なエネルギー充満状態だ。

  思考放任、分散させているエネルギー(思い)の焦点を真我の望みに収束させよ。


無意識の目標設定の数々・・・無意識に求めていたモノ、それが貴方の今までの目標設定だ。

 今現在の現状を見て、総て、既にその責任(望まない質の形成)を払わされていると気付け。

  ☆ラッキーなのが自分だけだったらいいな ☆サボりたいな・怠けたいな・逃げ出したいな

  ☆この金支払わずにすめばいいな ☆あいつ困ればいいのに ☆あの人を変えたい

  ☆過去のクヨクヨ・先の心配 etc.・・・それは分離側の質から発生する総ての想い・イメージ

 それらは混ぜ合わされ、互いに化学反応する様に結び付いて、とんでもない物に合成される。

 その合成され出現した質の数々が、自分の成長と成功のブロックとして既に効力を出している。

  ☆思考の分散 ☆意志持続力の欠如 ☆求める希求力の希薄性 ☆気付きセンスの低下etc.

 これらが、数々の小さなマイナスの目標設定(感じ方)がもたらしているモノ(結果)だ。

 それは、個人の本来の無限の能力、無限のパワー、無限の潜在能力を「感じなく」させている。

 それだけでなく、今これから立てる大きな願望・目標をシロアリの様に内から徐々に崩して行く。

 実は、今感じている事総てがこれからの、無意識の目標設定の小さなパーツになっている。

 真の成功の階段を昇る人は、余分な事は考えない。(漂い来る分離の思念等見ないのだ。)

不必要な事は自動的に「求める」になっているのに、必要な事は求めるどころか考えてもない。

 今、成功の為に自分に必要とされる「質」の数々がはっきりと意識されているだろうか。

 自分として当然持つべき質・・・それは何か。(書き出せるか。)

 ボーッとしていて、なにか散漫になってはいやしないか。(仕事仕事寝言にも仕事・・・田中真澄)

 自己中心的(感謝の念の無い部分)になっている部分は、自分では全く分らない。

 散漫の結果、目標に対して真摯な気持ち・真剣な気持ちでは「求められない」になっている。

 自分を振り返って、中途半端だと感じないだろうか・・・また、何故そう感じるのか。

 大体、エンスージアズムが十分には湧かない。(必要な部分に感謝の念が無いから。)

 「建設的な事を求めている」・・・それは自分を誤魔化す寝言になっているのだ。

 それは、自分にとって強烈な行動の源泉となっているだろうか。

 不満の中に生きて来た人は、建設的な主張は無い。(言いたい事が言語化出来ない。)

今自分に必要とされる質「感じ方」は何か。(考えていただろうか。)

 一体、如何いう感じ方になれたら、自分は自分の願望成就・成功出来るのか。

 求めるべきモノを書き出し、また望む感じ方が手に入れられる様、適切な訓練を始めよう。

 欲しいモノを書き出し、己自身でそれを徹底的に正当化せよ。

 まず、今までのテキストを振り返って、そのポイントを探し出し、カードに書き込もう。

  そしてここに立ち返り、何度もフィードバックしよう。(1000の単位で反復し思い込む。)

 感謝と賞賛とはテクニックであり、その履歴・蓄積の力が内から湧く心的パワーの源泉となる。

 今まで無意識に抱いていたマイナスイメージを、これから為すイメージトレーニングで凌駕せよ。

 マイナス思考に飲み込まれる思考放任は、何もしないで「英語が喋れない」と言ってるに等しい。

 感じ方が逆さまになっている処は、知を働かし、自分に嘘を吐く感じを以って乗り越えよ。

 「出来る」「やれる」等の肯定語を使うのだ。(信じられない感じがする程、自己欺瞞が在る。)

強烈に「求める力」・・・まず渇望する(それは夜中にガバッと目が覚める)程の力を育てる事だ。

 それはトボケた無意識の雑想念を掃い、在るべき姿の方向へ焦点を収束させる為だ。

 今、その重要性に気付いて、直ちに着手しないと自分の人生が焦点ボケのまま崩壊する。

  反面教師が周囲にウヨウヨ・・・周囲を見回して、そこから学べ。

 まず、心的物的両願望より、求める力を掻き立て、エネルギーを起こす・・・・・・・第一段階。

  「欲しい・成りたい・こう在りたい」を6分野の基礎の上に掲げる。

 そして、掻き立てたそのエネルギーを感謝と賞賛のイメージ訓練に使うのだ・・・第二段階。

 この二つの間で、自動的に回転・成功循環が起こるまで徹底的にカードを使う。

 強烈に求める願望故、それに対するイメージを多く描く事が出来る様になる・・・ここがミソだ。

 強烈さとは、その重要性を求める対象その物にではなく、イメージをありありと描く事に置くのだ。

 ここを間違えると、我欲人間の陥るワナにハマる。

 統合的質が形成されるなら、願望成就に強烈な求める力等は要らなくなる。(当分先の話。)

しかしその前に、まず強烈に願望する力を育てる・・・潜在意識に言い聞かせる言葉を持て。

 努力・立ち向かうのが好きだ、逃避は嫌いだ。

 その他、統合分離表を見ながら、その一つ一つに感情を呼び起こしながら。

 何かの小さな良き出会いに、1アクションを起こす。(ホイト=乞食で終わらない。)

 大切な命題が常に念頭に在る様、トレーニングする為、単語帳を使う。

当考え方の技法は、その構築された論理性とテクニックの精妙さに於いて前例の無いモノだ。

 それはブッダフッドに至り、仏智見・観自在・無為を通して涅槃の境地となる。

 地動説が天動説を覆した様に、大いに自信を持とう。(前代未聞の歴史的チャンスですよ。)

 

 

 第二回

自分が望まれている事は何か  ハートの声を聞く技法。

 自分の類稀なる存在価値の重要性に気付き、自信と真の自尊心を高めよう。

 成功者が、無意識に行っているエネルギーを湧かせる思考法を意識して真似る事から始める。


自分は何を望まれ、期待されているかをはっきり意識している(orした事が有る)だろうか。

 大きな期待などされていないという漠然と感じている間違った観念に気付き取り払ってしまおう。

 その様な事など、余り、或いは考えた事も無かったというのも同じだ。

 それは、日々のテーマ(潜在した念・感じ方)として総ての人に在ってしかるべきだからである。

 「期待されていない」感じは、それを無意識に抱いているだけで十分な目標設定になってしまう。

 自分は期待されているという事に自ら気付く・・・それは成功の根源とも言うべき原点の一つだ。

 感謝の念が足らないから、大変重要なのに、その様なアイディアが発想として浮かばないのだ。

それに気付く人は、宇宙が至福のエネルギーに満ちている存在である事を理解する。

 何故なら、そのエネルギーが自然に心身にチャージ(充電)されて来るのを感じるからだ。

 人は創造的に在ろうとする時に、十分な創造エネルギーが湧くのは人間本来の能力である。

 寂しさ・孤独感・心的エネルギー枯渇状態・・・全て、何処かで逆さまをやっているからである。

 だから「鬱は罪である。その罰は鬱そのものである。」と言える。

 但し、嫌なプレッシャーを感じるエゴの期待(分離側の質に基いた期待)は無視する。

  第一の基準は重くなるか爽やかであるか・・・第二はそれが顛倒夢想になっていないか。

  本来出来る筈の範疇なのに、そう在ろうとするプロセスからの逃避ではないか検証する。

  後述する,了訶世鬮△ら見る様にする。

他人の言葉の「期待する」と、自分で気付く「他からの期待」・・・また、自分に対する「期待」。

 期待とはワクワクする感じ・・・期待される事は、心的エネルギーを呼び起こす源泉だ。

 しかし、それを他人のモティベーションのみに依存していると、それが無い時、それは枯れる。

 自分で、自分に対する期待と共に世間からの期待に気付くとそれは枯れる事のないモノとなる。

 やがてセルフスターターとなり、期待される事と己のしたい事が一致する。

 そうすると、それに命が完全燃焼すべく、己の在りたかった全てに使える様になるのだ。

 更にそういう人へは世間からの期待もエネルギーとして集まる様になり、成功循環が起こる。

世間(世界)は自分に何を望んでいるかを考えてみよう。

 また神と呼ばれる存在は、自分に何を望んでいるかと発想してみる事も重要だ。

 横を見て人は如何だろうと勘ぐるのではなく、まず、瞑想しながら自分自身に聴いて見よう。

 また、自分と相対する個人や集団は、何を自分に求めているかも感じる能力を培おう。

 その視点は二つある。

 〆のままの自分に対して。

 意識改革・変容を遂げた将来の自分に対して。(世界は何を求めているか。)

 そして△隆囘世ら見ようと意識を使う時、ハートの声がモノを言うのが聞き取れる様になる。

 自分を取り巻く周囲から全世界に至るまで、それぞれの期待の声が心に広がっているだろうか。

 我々には今、個人はおろか、全人類の魂までをも救済出来る確かなツールが有るのである。

 一番重要で、一番価値ある、最も優先されるべき「期待」に応えられる道具が有るのである。

 恐れたり、躊躇しているヒマが何処にあるだろう・・・エゴとハートの声をここで識別せよ。

否定する想いが湧くだろうその中で、キラッと出現する建設的なイメージや想いをキャッチせよ。

 意識改革・変容を遂げた将来の自分は、誰から何を期待されているか。

 そして、そう在れる自分になる為に、今、誰から何が期待されているか。

 あっと気付いた事・・・直ちにそれを書き止め、単語帳に書き写し、そのイメージを温養する。

 貴方はその瞬間、宇宙の偉大な何かと繋がったのだ。(古の賢者・成功者が手にした何かだ。)

 そして、それが出来ている結果から発展するイメージを次々と膨らませて行く。

 訓練生は、敢えて想像する事そのものを意識し、併せて想像する能力を高める意識を持つ事。

 使命と直感した想いやアイディアに遭遇したら、思い込む事でその念を強めて行く。

 また、マスターマインド同士で、単語帳を見せ合う事だ。

 それを見て、あっと思ったら、実はそれも貴方の何かだ。

 猫は車を見てもそれを欲しいとも「あっ」とも思わない。何故なら、その能力が無いからだ。

 素直に心を開いて、「こんな崇高な想いが自分には隠れていたのか」と驚いて欲しい。

 古の賢者に起こり来た偉大なインスピレーション(霊感・悟り)の一端を味わって欲しい。

貴方のその想いが世界を創って行く。(創造的考えを持てる真人は殆どいないからチャンスだ。)

 何も考えていなければ、顛倒夢想を起こしている世間の一部の材料にされるだけだ。

 期待されている事・・・それがはっきり見えて来たら、次にそれに応えられるエネルギーを蓄える。

 ここでも、しっかり瞑想で賞賛と感謝のテクニックを使う事がそのキー(鍵)である。

 そして、その期待に応えられている自分の素敵な姿をありありと心に思い浮かべよう。

 そうしないではいられない衝動、成功者はエネルギーに乗って動く・・・の感じを掴むのだ。

 創造主から応援と確かな保証を受けたと感じる心境が開く。(法則に対する絶対の信頼。)

 

 

 第三回

目標実現に向かって持続する心  忘れないでいる為には。

  行動は既に心的態度を表している・・・些細なすべき事をサボっている心的怠惰性に気付く。

  具体的に自分の成功の為にその段取りに入っている人、幸せ恐怖を露呈している遅疑の人。


現状を超える夢実現の段取りを進めていますか、それとも何かにすり替えてしまいましたか。

 前向きなモティべーションが止まらなくなっている人 、日々のパターンに舞い戻っている人。

 自分なりの「ツモリ」のいい訳で、相変わらず忙しくて心的怠惰な人。

 こうしたい・こうありたいとアファームしたのにそのちょっとした努力のスタートを切らない人。

 学びに縁が有っても相変わらず脳マヒ状態でいられるのは、その人の基準が一般に在るから。

 心が豊かとは、建設的な想像力が豊かであるという事、良いアイディアに素直であると言う事。

 成功への抵抗を「ここがそれか!」と知り、「心的怠惰癖」で反応している自分を見つめよ。

 自分のカンフォトゾーンとテンプレートを点検しよう。(今までのテープとテキストの総点検。)

人はどうやって無意識に脳をマヒさせて行くか。(逃避タイプが無意識に身に付けている技。)

 人は3回サボるとすべき事と認識していたそれに対して罪の意識を無くし、マヒして平気になる。

 そうして気付きやインスピレーションが無くなる様にセンスはニブく成る様にと履歴を積む。

 重要と感じた新鮮なセンス・感覚は消え、その些細な閃きは、もはやその人の中で死んでいく。

 次にそのアイディアに出会った時には、もうそれでは自分は動かせないしピンとも来ない。

 ピンと来ていた自分さえ忘却の彼方と成っている。(ピンと来るセンスそのものが死んだのだ。)

 ピンと来た何かを自分で殺す・・・この様な実に些細な処で、出来る人と凡夫とに別れていく。

 ニブいアタマというモノは、こうして無自覚な怠け癖で、自分がせっせと創り上げているのだ。

 (この蓄積する集合意識の所為で、世の中に戦争や問題が必要悪として生じて来るのだ。)

 こうして私は、新しい言い方を発明し続けていなくてはならない。

 世間の「愛」とか「感謝」の様に多用される言葉は皆、解っているツモリにさせてしまうからだ。

日々、スキルが蓄積する心と、漏れ続けている心。

 優先順位・・・自分が死んだ時、意味の有る事と無い事・・・その視点で見ると判る。

 自分が棺桶に入っている状況を徹底的に瞑想する事だ・・・そこに心からの納得が在るか。

 今の自分という状態は宇宙始まって以来、一回こっきりの現象。(寝ぼけていていいのか。)

 真我の求める方向に向かって、誤魔化しとしてではなく、今この一歩の時間を楽しんでいるか。

 衝動で動く人を探し、その衝動を観察し、自分もそのパターンが応用出来る様学べ。

 今のテンポで成長するなら、皆さん一人一人は、80年後には偉大な成功を遂げるでしょう。

 30年後には、心的怠惰が如何に人生に損を招くかを本当に悟るだろうと思われるからです。

 その不利益性に今、本当に気付いた人も出現しています。

その瞬間、その状況でそう反応するという自分の脳内のスイッチ。

 怒り・嫉妬・怠惰・為になる話で厭な気分になる人・忘却思考癖の放任・・・。

 そのスイッチを入れる度に、悪徳政治家に一票を投じている様なモノだ。

 昏睡状態なので、マイナスのスイッチを自ら好んで押しているという自覚さえない。

 無意識でいる・思考放任とはそう言う事だ。

 テープ反復による聞き込み量稽古は、スイッチの正負の自覚を促す覚醒ツールだ。

 テンプレートが書き換わるとは、マイナスのスイッチ群がプラスのスイッチ群に変わる事。

忘れないでいようとする心構え造りの為に・・・テープからメモを取り、ワープロで整理する。

 正にそうだと言える処を書き溜める・・・それは、それを蓄積整理するだけで、語れる人になる。

 抵抗を感じる処・・・そのピックアップが正に自分を分析する、自分のツールと成る。

 気付き帳を付け、日々見返すという些細な努力の一歩を始め、そして続けようとしない。

 バカと言ったらハラはたてるだろうが、重要ポイントを覚えてい続けられる程、アタマがいいのか。

 人生を本当に変えようと言ったのだから、その位の努力は始める事だ。

 例えて、医者や弁護士等に成ろうとしている人達の努力の「爪の垢」くらいする事だ。

 今の努力は変化変容・成長の為の努力か、それとも現状維持のしんどさを努力と思ってるのか。

 「聞きボイトは罪である。そしてその罰は、現心境の不満足そのものである。」

些細な一歩のスタートが何かを知らない内は、まだ自分に対する罪は浅い。

 しかし、ここまで来ている今の貴方は「知っている」事を忘却している。

 何故忘却するのか・・・それは知った事を自分に誤魔化す為である。

 自分を騙す癖によって、今度は自分が自分に騙し続けられてしまうのである。

また「やだな〜」という感じが生じている時、自分は如何しているか。

 _燭發靴覆ぁ ´誤魔化す・代償行為をしている。

 2魴荳を模索。・・・テープやテキストからメモを起こす癖を養い、習慣としてしまう事だ。

 この時に、チャンス発見のチャンスだという意識をキープし続けている事である。

本当に自分でやれるタイプの人と、逃避の為に「自分でやる」という言葉を使う人。

 その人の人生全体が「立ち向かう」に成っている人は出来るかもしれない。

 その人の何処かが逃避になっているのにそう言う人は、そう言う考えのツモリで自他を欺く。

 

 

 第四回

新たなる行動の足跡を記す  目標に向かっての自己分析で現状打破。

  自分は目標に向かって何をどれだけしているか、その量(時間)を客観的に知る。

  怠惰な心はこの単純な行動で解決・・・気付き帳の習慣を足跡ノートへと拡大する。


成功とは、如何に「成功の為の行動習慣」を身に付けるかに在る。(怠惰癖放任状態の克服。)

 その為に、我々は考え方の習慣を、成功者や賢者のそれに似る様、調整・訓練して来た。

 本当に成功の考え方に心を開いたなら、行動は自発的に「そうしたくて」起こる様になる。

 しかし、心が貧相な人は自分の為になる話を「責められる」と感じて抵抗が顕われる。(逃げる。)

 すべき事と知った些細な事をサボっている自分を誤魔化し続けていたいからである。

 自分が抵抗感じる処から心の貧相さという事実を知り、反省して心が豊かになる計画も立てよ。

 ツモリや自己欺瞞を内在させていると、「知っている」からこそ腹が立ったり嫌になるのである。

 「カンフォトゾーンへの引き戻し・慣性の法則」は、誰にでも在る単純な心理法則であると心得よ。

些細な事の積み重ねとは・・・「新た」なる小さな行動パターン・・・その小さな行動の原則を作る。

 心的怠惰とは、人生をより良くする努力をしない人(聞くだけで行動の一歩を踏み出さない人。)

 現状維持がしんどいとしてもそれは「新たなる努力」の行動パターンではない。

 目標と現実を埋める努力が本当の努力だ。(ちょっとの新しい事を積み重ねる。一歩近付く。)

 我々は成功法則に出会ってしまっているのだ。(それが有ると知ったのだ。)

 新しい努力が嫌で心的怠惰癖の誤魔化しが心底まで根付いている人は、目標を明確にしない。

 素直な憧れを持たないし、心から本気で求めようとしない。(言葉の持つ力を知らないのだ。)

 結局、現状(従来から)のパターンの中だけでやり過ごそうとする。(怠惰癖の放任。)

何故「欲しい」と言ったのに、夢や目標を明確にし、それに憧れ、本気で求めようとしないのか。

 それで人生が充実している・満たされていると心底から断言出来るのならいい。

 しかし、そんな人はいないし、居たとしたらそれは自己欺瞞の人である。

 心的怠惰とは、心が貧相である事を証明しているのである。(怠惰癖はいつやめるのか。)

 潜在意識は、善悪の判断もイメージと現実の区別も出来ない原則を思い起こそう。

 してもいないこれからの努力を「きっとしんどい」だろうと、夢・目標と天秤に掛けているのだ。

 良き事を考えよと知っていて、自分は何を考えているのか・・・ここで自らの思考放任に気付け。

 心を豊かに育てる、日々見返す為の「気付き帳」への記帳は自分の習慣になっていただろうか。

 言語化されていないまま「怠けが好き」に成っている自分に「怠惰は嫌いだ」と言い聞かせよ。

 正しく知識習得・考え方習得を進めていかないと、凡夫の陥るワナに無自覚の内にハマる。

追われる事でしか動けないパターンから、追う側へ・・・小さな新しい行動習慣を取り入れる事

 それは実に簡単なパターンの習得だ。(ここでは「第一歩の切り開き行動」と名付けておこう。)

 別名「ちょっと努力」・・・この習慣は、あらゆる分野を切り開く心的ツール、成功者の心構えだ。

 それは、テープ聞くのが簡単な習慣になってしまったのと同じ位簡単だ。

 第一歩の切り開き行動・・・身に付いたら、そうしていないでは居られないほどのモノだ。

 気付いてしまった怠惰性を放っていると気持ち悪くてムズムズする様になる。

 学びの心の無い人は、この些細な事に気付けないので、ここで大いに差が付けられるのだ。

 引き戻し・心的怠惰・カンフォトゾーン・慣性の法則の原理に付いて、子供や人に語れますか。

 日々見返す為の気付き帳への書き込みが習慣に成っている人は成功パターンに入っている。

 人生の試験は、いつも終了時だけが告げられ、チャンスを逃す人はいつも逃し続ける。

目標に向かって「すべき事」と考えるモノを全て列挙する。

 自分のスキルを向上させるモノを色々と挙げてみよう。(紙に書き出さねばならない。)

 30行以上の大学ノートの見開き右ページに縦に日付、横に項目欄をとる。

 左ページはすべき事と目標が実現したら如何なるのか未来ストーリーを描く。(エジソンの話。)

 そのビジョンをしっかり味わう様な感じで心に未来を描ききったら、潜在意識が動き出す。

 日常生活の中では「振りpretend」を演じよう。(商売人は儲かっていると言わなければならない。)

 確かな努力をしている人は、先の評判を今先取りして、そうなっている振り(演出)をする事だ。

 心が豊かだと、その演出さえ喜べるのだ。

 未来を描き切る・・・そうやって心が豊かになる様に想像力を育む。

 新たな努力の足跡の「量」を記していると自分が見え、よりやる気が出てくる。(自己分析)

 また、時間配分・優先順位のバランス感覚を養う。(自分を知る第一歩である。)

 1ヶ月、たった見開き2ページの自分を知る為のノート記帳・・・しんどいですか?

 経理をしない会社、どんぶり勘定の銀行が有るだろうか。

言葉で自分をコントロールする。(痛いとこ、突かれてそこが気持ちいい・・・荻氏)

 怠惰な自分が出て来た時、そんな自分をコントロールする言葉を持っていますか。

 繰り返す言葉(想念の力)は、潜在意識を動かします。(知っているのにやらないのを怠惰という)

 我慢や意志の力で忍耐してやる必要は全くないし、そんなモノは続かない。

 思考放任している人は、そのチャンスに「嫌だ嫌だ」と感じ、更に悪癖を固定化させるのです。

 面倒と感じたら、即行動。 成功の為に認める。面倒と感じた瞬間その向こうの夢を見る。

 

 

 第五回

新たなる行動の足跡を記す  の続き

 

 

 第六回

ハートの声を素直に認める 自分自身を大切にすると言う事の第一。

 夢・目標実現・自己実現等と言われるものを突き抜けて見通しておくべき事がある。


人は何らかの分野・世界でそう成れるモノだと知った時、もう知らなかった地点には戻れない。

 それは、手に入れられる範疇の便利な道具を知ってしまった時と同じだ。

 江戸時代にも幸せな人はいたが、現代文明の利器を持っていたわけではない。

 しかし現代に於いて、文明の利器を持たずして幸せを得ようとする人がいるだろうか。

 それと同じである。

 今までの自分の世界観より、もっと高い何かを発見してしまった。

 しかもそれは、自分にも手に入れられる可能性が十分に有るという認識。

  成功・悟り・覚醒・ツァンダリー・アムリタ・チャクラの気の流れ・マルチオーガズム・ラティハン

  無為・涅槃・金銭的成功・自己実現・カリスマ・アストラルトリップ・エクスタシー・神秘体験

  何の為に生きるのか、神(宇宙)を知りたい等、人生の根本的疑問の答え・救済・他

 有形・無形・・・それが欲しい、そう成りたい、知りたい。

 当プログラムでは、成功・悟り・覚醒・ 無為・涅槃・金銭的成功・自己実現は間違いなく可能だ。

そういう現象の存在と可能性、また知る事の可能性が有る事を自分のハートは知ってしまった。

 しかもそのやり方・到達法・成就法は、目の前に存在しているという。

 一度見てしまったハートは、もう、それを手に入れるか、そのbeingを成就しないと納得しない。

 人に出来た事なら自分も欲しい。

 人間の心理メカニズムはそう出来ている。

 その発見で「自分もそれを成就するなら、今より幸せを感じるだろう」と認識してしまったからだ。

 出来ない理由と不可能感に邪魔されるかもしれないが、素直な心は本当はそれが欲しい。

 一旦認識してしまったそれは、どんなに無視してもこれからの人生に陰の様に付きまとう。

 確かに、それらを実現する事で、それぞれに幸せと喜びを感じる領域は大きく拡大する。

 だから、そのハートが感じた事に沿って、素直に正直に生きる事が大切だ。

 そうやって出来る理由を探し続けて生きようとする事で、人間としての進化(成長)が進む。

 無為・涅槃の境地で神と共に創造的に生きるという覚醒の技法が明らかにされたのだ。

  この宇宙に普く遍在する総てのものを生々化育する働きそのものを神という。

 覚者や賢者と言われる人達が、如何いう境地に在ったか、知ってみたいと思いませんか。

悟った人達が気付かない事(伝授法に於いて失敗している事)、またその原理。

 真実・真理を求め、その原理の理解に到達した人は、ついにその答えを知る。

 そして、その知り得た(悟った)原則を人々の為に伝えたいと思う様になる。

 しかし、端的に纏められた原則、言葉でのいきなりの答えは、人々に逆さまを生じさせる。

  だから老子は書き記す事をとことん渋っていたのである。

 逆さまと言うのは、それが余りにも端的過ぎて民衆の心に染み入ることはまず無い、と言う事だ。

 求道者にとってのCAも、即座にABBCという知識のカテゴリーに落ちてしまう。

 更に、それを聞いてしまった為に、人々にはそういうものかという分かったツモリが出来てしまう。

 このメカニズムが解き明かされていなかった事が人類に混沌をもたらす一要因になっている。

  これは当プログラム開発に於ける、超重要な発見である。

  本を読んで感動した感想を一行・一言に纏めて、人に伝えてもその深い全体は伝わらない。

  結局、その人自身も自分でその本を読んで見ないと、その一行・一言は分からないのと同じ。

 そこから一周させて帰着させる事が必要。(当20000時間トレがその最短一周である。)

  呼び掛ける・求めさせる・考えさせる・問いかける・探させる・選択させる・行動させる等の循環。

 自らも独力で一周してみて始めて、その意味が心の底から解る様になるものなのだ。

  (一周という言葉の意味合い・概念・・・バグワンの「究極の旅」めるくまーる社参照)

耳に痛い話を2〜300認めるだけでテンプレート(心の鋳型)が変わる。

 「認めん」は、見ない・見たくないと言う事であり、意識しない・したくないと言っているのである。

 「そう言われたらそうだなぁ」という優しい思いを自分に与えよう。

 自分を憎んでいる部分を内在させているから、自分に優しい想いが与えられないのだ。

 その醜いモノを本当は醜いとうすうす感じ知っているから見たくないし、意識したくないのだ。

 「認めん」は責める心故、発生しているのである。

 そして変わり難い人ほど「業が深い」と表現される状態なのだ。

 ふり返れば、それは怒りのエネルギーを行動の源泉としていて、決して愛故ではない。

潜在意識は理不尽な事でも一旦インプットされたら、顕在意識に矛盾を感じる事無く実行する。

 イメージ的結論や固定観念・リミティングビリーフ、顛倒夢想が正にそうではないか。

 ならばその性質を逆手にとって活用せよ。繰り返される言葉は力を持つ。

 通常の認識では、理屈はおかしいが役に立つ言葉を編み出し、シェアし合おう。

 建設的に働くだろうイメージ的結論を、敢えて積極的に植え付けるのだ。

 「嘘も百回言えば本当になる」の原理を建設的に応用して使うのだ。

 

 

 第七回

関東東北大震災と福島原発  新聞テレビに流されない情報。

 表社会と裏社会・・・裏社会では何がどの様に動いているのか。(プロパガンダを見抜け。)

 真実を直に確かめる術は無いが、情報を集めてもう一つのモノの見方を持つ。


FRBのドル崩壊を防ぐ為に戦争経済の惹起・・・シオニストとイルミナティー。

 でたらめな組織FRB(連邦制度準備理事会=私立銀行群)がまもなく倒産すると言われている。

 中東動乱から世界大戦へと持って行こうとしている勢力がある。

 親米政権を倒し、反米政権を擁護するアメリカ・・・イスラムとシオニストを対決させる為。

               世界の覇権を取ろうとしているサタニスト(悪魔教崇拝者)達の存在を知り、研究する事。

               どういう形で人々に実態を知られずに支配を進めようとしているか、その手法を知る事。

極東地区での動乱・争乱の惹起。(様々な工作活動が為されている事を知ろう。)

 3月11日の地震、そして津波は自然の災害なのか。

 その数日前に、茨城の浜に迷い込み大量死していたクジラ。(今回のニュージーランド地震でも同じ。)

 米軍の水中ソナーが、クジラやイルカ等の方向感覚を狂わせる。

 米軍は三陸沖で何をしていたのだろうか。(Benjamin Fulford 緊急特番・東日本関東大震災の真相。)

 使用した核の放射能を誤魔化す為に福島原発事故が演出された。

 サタニストの手先として動かされる日本人は大勢いる。

地震兵器というもの。

 何故、表の世界では、ロシアとアメリカは核装備の軍縮に合意しているのか。

 世間向けには、平和が一歩近付いたとアピールしている欺瞞。

 実は核兵器以上の兵器が完成しているからだ。(純粋水爆)

 また、核は戦争ではもう使えない。

 あれだけの津波が日本だけに向いていたのは何故か。(反対側には穏やかな津波。)

福島第一原発の3号機だけはプルサーマル。(ずっと停止していた事を何故報道しないのか。)

 ガンマ線と中性子線の違い・・・ガンマ線は超高周波の電磁波。

 中性子線はコンクリートや金属をも簡単に通過し、DNAを破壊する超猛毒。

 3号機で中性子線が観測されたと言うことは、本来中心炉が破壊された事を意味する。

 真実を曲げて捏造し、パニックを扇動する工作員達がいる。

 そこで、関東圏の脱出を図る人達が出て来ている。(放射能が怖い。)

 炉が破壊されたなら出続けている筈の中性子線が、その後観測されているという報告は無い。

ではその中性子線は何で、何処から来たのか。

 唯一考えられるのが純粋水爆。(二日で中性子線は消える。)

 純粋水爆が用いられたなら自然界には存在しないトリチウム(三重水素)が発生する。

 それを洗い流す為に放水。(ヘリによる放水の仕方が不自然だった。)

 911で放水を続けていたのも同じ。

極東争乱の目的は関東大震災の人工発生。(世界を混沌状態に陥らせるその一環。)

 関東周辺の不自然な地震の発生。(リチャード・コシミズ氏の3月11日以降のブログ必見。)

 それは日本に対する脅し。(地殻破壊の工作活動はずっと続いている。)

 地殻変動を惹起する為の、核兵器や純粋水爆を用いていると言われている。

 その時観測される放射能を誤魔化す為にも福島原発事故(茶番劇)が必要だったらしい。

 事前情報を得ているシオニスト達は既に関東圏脱出を図っている。(大震災が怖い。)

 計画停電は本当に必要だったのか。(その目的は。そして東電が明らかにしない事。)

様々な状況証拠。(前もって情報を知っていたと思われる人達。)

 米軍内部からの告発情報。  東日本ハウス↓

 竹中平蔵の弟が率いるミサワホームなどの株が事前に高騰している。(インサイダー情報。)

 事故の4ヶ月前から稼働させない筈の3号機を急に稼働させ始めたタイミングの良さの不思議。

 地震兵器を使うという予告の脅しを受けていた古歩道ベンジャミン。

 韓国は一ヶ月前より、ヨウ素薬を大量に買い付けている。

 必要以上にパニックを煽っている人達(工作員)の存在。(CNNBBCは信用ならない。)

石油利権と原発推進派。

 二酸化炭素による地球温暖化という嘘で、原発を推進する勢力があった。

 しかし、今回の原発事故は、原発建設の世界的ブレーキと成る。

 それプラス、今回の中東の紛争の結果の石油高騰は、ドル崩壊を延命させる。

 シオニストやFRB(金融ユダヤ人)の悪あがきをイルミナティーはもっと高所から見て操る。

情報を収集し、良く吟味する事。

 普段から様々な情報ソースを持っておく事、自分で収集し拡散しようとする意志を持つ事。

 日本人はGHQ政策によってリーダーシップの執れない逃避人間に成る様、骨抜き洗脳された。

 逃げる事しか考えない情けない多くの日本人・・・日本人としての大和魂は無いのですか。

 自分に出来る事は何か、自分の役割は何かと常に考えるのが大和魂だ。

 

                                    (以下スキルアップセミナー用テキストより抜粋)

真の正義心を育てる  世間には正義の嫌いな人々が驚く程多数潜在している。

  本当の正義の心を涵養する事が、正しい潜在能力のパワーと人間力を生む。

  行動のモティべーションとなる、もう一つの原点。(お金やモノ等の欲望を超えた世界観。)

世の中のトップクラスには、悪い人間が驚くほど一杯。

 是非、耳を傾けて欲しい世の中の不正・悪事の根源を追求し続けているジャーナリストの人達。

  ベンジャミン・フルフォード・・・日本を疲弊させた政・官・業・ヤクザ・アメリカ

  リチャード・コシミズ・・・・・・・・・金融ユダヤ人を中心とする世界ごろつき共同組合

  植草一秀・・・・・・・・・・・・・・・・・悪徳ペンタゴン etc.

 マスコミはもちろん、警察・検察の中にも悪徳ゴロツキがいてしかも組織化されているという。

 そして、犯罪を人々の目から巧妙に隠す。

 今までも不正を暴こうとする多くの人達が暗殺らしき不審な死を遂げている。

 しかし、その真実を知る人間の割合は、一定数以上広がらない。

 マスコミが報道しないから?知った人の情報伝達能力不足?

 現代の一般大衆は、正義も不正も悪事も、直接自分に関わりなければどうでもいい。

 その様に洗脳されてしまったのだ。(事業企画提案書追加「雇用を作り出す教育」参照 録音済み)

 凡夫の習性をそのまま利用し、そうなる様、その様に仕向けられてしまっている。

 ネット住民はこの事実を現実として受け止め、リアルの世界に影響を与える具体策が必要。

 一人一人がリアル世界で影響力を与える力を獲得しなければ、負け犬の遠吠えになるだけ。

 何故、こうなっているのか・・・そしてそのままだと如何なっていくのか。(その先を思い描く想像力が必要だ.

問題は、一般の人々の多くが、正しい指導無き故「正義は嫌い」になっている事だ。

 一般大衆は羊・・・そして良き羊飼いが居ないのだ。

 自分に対する嘘の放任、自己欺瞞の集合意識が世間のそれを形成している。

 自分の真実さえ、恐れている処に問題の根源は潜んでいる。 (骨抜きにされている事に気付いているか。)

 自分の真実を知ろうとしない行為がそのまま、世間で起こっている隠れた真実を知ろうとしない。

 世の真実を知ろうとしない人は、自分を知ろうとしない。真実の自分を隠して置きたい。

 真実を知っても、行動を起こさない人・・・それが真実を嫌い恐れている人だ。

 そう言う人は、邪悪性に於いてよりステージの高い悪徳な人間に支配される事になる。

 自己中心的な人間の集合は、支配者にとって都合良く、実に扱いやすい存在となるのだ。

 また、個人に於いて真の正義感の無い人間は、人間として第一義とすべきモノを見失う。

 自分のしたい事が第一義ではないのだ。

貴方は、知ってしまった真実を何人に伝えたか。(世話焼きおばさんみたいな性質を持つ事。)

 また、これからどの様に伝えようとしているか、その計画を既に持っていたか。

 そして、効率の良い伝達手段を探し続ける事を今なお、画策し続けているだろうか。

 その流れが滞らない様、伝えた人を今尚、押し続けているだろうか。

 それともその流れ(愛の流れ)を、いつの間にか留めてしまっていただろうか。

 きっかけは与えられたモノであったとしても、その続き位は既に自分から求めているだろうか。

 既にとっていた行動で、自分の真実(自己欺瞞)を知る事だ。

 行動していないという事は何を意味しているのか。

 そこにこそ、自分が見ようとしない、隠して置きたいモノが潜んでいるのだ。

 何故、真実を伝えたいとする発想や欲求(渇望)が自発的に生まれないのか・・・。

 それは、自分さえ良ければ良いとしているイメージ的結論が未だに根深く居座っているからだ。

 そんな事はない・・・と言い訳するアナタ、自己欺瞞を更に塗り固めるのですか。

 気付いた人は正しい言葉を潜在意識に与えよう。

 「自分は世の真の平安を支持する、不正や悪事を許さない正義の人間だ」と。

不正や悪事の弱点は大衆の「目」だ。

 しかし、その「目」をこれまた不正や悪事実行者の手先としてのマスコミがコントロールしている。

 当学びに縁が有った皆さんから、真実を見通す眼を開いて欲しい。

 不正・悪事を憤る一般の人々の個人個人の「人間力」が圧倒的に不足している。

 人民意識の底上げが無い限り、世の仕組みは変わっても構造は何も変わらない。

 自分は真の正義の心を持った人間だとアファーメーションし続けよう。

子供の時に何故、真の正義心を育てる教育がなされないのか。

 「人権や人命は誰もか平等に尊重されるべき事」で有る事に多くの人類は気付いた。

 それと同じ様に、人類が平均して気付くべき重要な概念は幾つもある。

 それを一つ一つ、人類に啓蒙して行こう。 41世紀からのプレゼントである。

 それをまず皆さんから受け取り、それを配れる人間力豊かなサンタクロースになる事だ。

真実を知って正義感を養い、モティべーションを高め、行動のエネルギー源の一つとしよう。

 正義実現という錦の御旗は自尊心を大いに高めるモノである。

 今自分がしようとしている事に、如何、誇りを持とうとしていただろうか。

 それを、自分にとって超重要な課題として捉え、思索し考えを練り上げていたと言えるだろうか。

 その辺りの認識が希薄だった事に改めて気付き、想いを強めてカリスマを培おう。

 「何の為に」を強く強く自分自身に問いかけ、自分自身でその答えを探り当てるのだ。

 そしてその答えに対して使命感を感じとり、ビジュアリゼーション・祈りのテクニックを使うのだ。

目指すは、400万人の真の正義心を持った智閥の仲間作り。

 数は大いなる力となり、それは貴方の知った世の不正・悪事が正せるパワーが作り出せる。

 そこからどんな世の中が実現出来るか、想像出来るだろうか。

  政治が変えられる。医療が変えられる。教育が変えられる。

  不正や悪事を為す者の付け入るチャンスを干す事が出来る。

 そして自分自身は、愛と自由と富が自在になり、創造性の中に自己開花・自己実現している。

 

 

 第八回

311東日本大震災の原因が一枚で分かるグラフです。 richardkoshimizu's blog

http://richardkoshimizu.at.webry.info/201104/article_137.html


「逝きし世の面影」より

米国債崩壊(メルトダウン)近し、ヘッジファンドが売り逃げ(現金化)
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/c63f5aca3775db204700fb64f197396e

「彼らは同じ手口を何度も使いますね 90年代に起きたことが忠実に再現されている これは過去に戻って歴史をやり直すループを再現しているみたいです これが戦略なのでしょう」 正義 2011/04/20 21:01

「米国経済の落日」こそが、311東日本大震災を引き起こした元凶なのです。金に困った米国の金融ゴロツキが311テロを引き起こしたのです。311戦争=経済戦争だったのです。では、ご紹介いただいた「逝きし世の面影」の記事からエッセンス部分を抜粋してみます。嗚呼、なんと分かりやすいのだろう。(本来こんな記事は日本経罪新聞が掲載すべきですが、金融ユダヤ人に完全支配されているため、米国経済危機は封印して報道しません。日本の民間のカネ が米国から避難を始めると「ご臨終」だから、日経もなにごともないかのように平静をつくろっているのでしょう。無価値な経済紙です。)

「米国債を現金化 逃げるヘッジファンド」


「米国ドルは今年の中頃にも危機的状況に陥る可能性が高い。」


「基軸通貨で無くなるドル スティグリッツの予測」


「米政府の一般債務の対国内総生産(GDP)比率が来年2012年には100%に達し、国債の引き受けてが全て

 無くなる。


「米国債の70%をFRB(米連邦準備理事会)が買っているが、QE2の終了で米国自体が買えないとなると誰も

 買う者はなくなり、米金利は爆発的に急騰して、アメリカは最悪デフォルトに陥る。」


「ドル基軸通貨制度の崩壊の切迫に、新米ドル発行での債務放棄をもくろむ米政府の動きが顕在化する。」


「『世界恐慌時を遥かに凌ぐ債務超過』アメリカの闇」


(世界恐慌という)資本主義社会の全般的危機を救った神風がWW兇任△襦」


「2000年のアメリカのネットバブル崩壊が引き金となって信用バブルも崩壊する筈が、2001年の不思議な

 9・11事件が引き起こされ債務超過(借金バブル)は益々加速して行った」


「世界から見れば日本国はとんでもなく豊かな、稀に見る膨大な資産を持つ純債権国」


『もしもの時の円買い?大震災で史上最高値』


「アメリカの財政赤字を助ける為の米国債の購入などは手控えるし、本来なら資金調達の目的でアメリカの国債

 を売り払い現金化する.....世界の投資家達は全員がそう思って円の買いに回った。」


「『円高』は日本の事情ではなくて、日本の国債購入に頼っている米国の事情がある。日本の円高の原因とは、

 アメリカの信用の失墜(借金体質による財政赤字)が一番大きな要因である。」


「円高ではなく借金まみれのアメリカの信用不安によるドル安であり、時間的な早い遅いの違いはあっても最悪

 の『最後のカタルシス』(ドル崩壊)の局面に向っかて世界が動いていることだけは間違いない。」


「国外の最大の米国債保有国は中国だが、現在の最大の保有者は発行総額の7割を買い入れている米連邦

 準備理事会(FRB)なのであるが、それも6月までで打ち切りの危機が目前に迫っている。」


「そもそも紙幣発行を行う中央銀行の自国の国債購入とは、蛸が自分の足を食べる行為にも似たオーソドックス

 な経済学の基本的な考え方では絶対にやってはならない最悪の手段であるとされていて、必ず行き詰る事が

 分かり切っている『掟破り』の御法度(禁じ手の反則技)」

米国は、「自分でモノを作り売って稼ぎ生活していく」ことのできない、つまり本質的に「自活能力」のない国家です。今までITバブル、株バブル、不動産バ ブルを演出して実体のない好景気を演出してきました。だが、もとより「虚構の繁栄」でありいつまでも嘘は維持できません。そこで、GWブッシュ政権発足からははっきりと「借金をチャラにする前提で使い放題使いまくろう」「大戦争を起こすためには金を使いまくろう。」を始めています。

一方で、最後の頼みの「不動産バブル」は「貧乏人に高金利で金を貸して家を建てさせる。住宅市場価格が上昇する限りは破綻しない。」という手口で拡大を続 けました。だが、市場が飽和すれば経済の膨張は止まります。止まった結果、住宅価格が上げどまりローンが払えなくなった買い手が次々に債務不履行に陥っ た。これがサブプライム・ローンの破綻です。ユダヤ金融資本は天文学的数字の不良債権をかかえて疲弊しました。日本のカルトや裏社会の巨額資金も焦げ付いた模様です。彼らは負債を連邦政府に押し付けて一息つきました。国家はとんでもない負債を抱え込みました。

結果、米国政府は、中国と日本に米国債を買ってもらうことでかろうじて「借金の借り換え」をして自転車操業する事態に陥りました。だが、今まで米国債を 買ってくれたヘッジファンドにも背を向けられ、中日にもこれ以上押し付けられず、仕方なくFRBに米国債を買わせています。(大震災に乗じて100兆円ほど日本から強奪したとする説もありますが。)「たこがたこの足を食って生きながらえている」状態です。まさにもう後がない危機です。もっとも、金融ユダヤ人には、一応は「予想通り・予定どおりの危機」ではあるのですが。但し予定より少し早く危機が来てしまった模様です。

米国を支配する金融ユダヤ人は「緊縮財政」といった痛みの伴う健全な経済運営を求めず、「あの手を使えばまた贅沢できる。独占できる。」と1920年代を 思い出したようです。「19291932年、NYから始まった世界大恐慌。1940年、第二次世界大戦。米国ユダヤ資本の世界経済支配完成。」この手口 を使うことを前提にGWブッシュに911内部犯行と以後のイラク・アフガン侵略などの世界戦争準備をやらせ、ついには311人工地震・津波テロで極東大戦争の素地を作ろうとしたのです。

(また、「日本は放射能汚染した水を海洋に投棄する信用ならない国家。日本は今後長い間放射能汚染で経済が停滞する。日本も日本円ももうだめだ。だから結局、米ドルが一番安全だ。」といった誘導が働いていると見る向きもあります。姦政権もその目的で「レベル7」などと言い出しているわけです。姦政権=311テロリストですので。実際、中国では「もし震災がなければ、日本円が米ドルに取って代わって基軸通貨となっていたかも」といった噂が流れている そうです。311テロはその傾向を打ち消す目的もあったようです。)

日本に災害で大混乱を引き起こし、反政府運動を激化させてそれを口実に国家統制を強め、中国や朝鮮(恐らく韓国も北鮮に軍事統合されるシナリオがある。)と敵対する軍事国家化する。そして、極東大戦争へ。

一方、中東ではCIA・モサドの先導した「反政府デモ」の結果、イスラム原理主義政府が次々と樹立され、イスラエルと敵対させられる。そして新たな中東戦争が勃発する。極東と中東の両方で大きな戦争を引き起こす事により、ユダヤ米国は「世界大恐慌のあとの第二次大戦」で復活した歴史を繰り返そうと企んでい る。

そして、金融ユダヤ人たちは、経済の独占の目的を達成するために宗教的プロパガンダを悪用する。新約聖書のハルマゲドン、救世主再臨といったストーリーが 実現するかのように偽装する。2012年アセンションをあおる。馬鹿が騙されて利用される。有名人がカネで買収されて煽りに加担する。

こういった流れの中で起こされたのが311同時多発テロなのです。そしてこのテロが計画半ばにして失敗すれば、ユダヤ米国のとる道は、「国家デフォルト」ないしは「ハイパーインフレ」しかない。我々は米国が失権してくれる「国家デフォルト」を強く望むわけです。

私は彼らの311計画はほぼ失敗したと見ています。何度か311級の大地震を起こそうとしたが失敗した。東京大地震・富士山噴火も不能となった....ように思います。つまり、既に「撤収モード」にはいっていると。一方で、経済破綻は間近かに迫っている。

勝ったんじゃないかな、我々は。そう思っています。予断は許しませんが、多分。

311は経済戦争でした。ここのところが分からないと永遠にB層です。創価学会員と変わりません。無価値です。



他にも注目すべき人達の言動

Benjamin Fulford 緊急特番・東日本関東大震災の真相は!・朝堂院大覚

 (金融ユダヤ)サタニストの勢力によって仕掛けられた地震兵器による地震と津波。

2011.03.25福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演

 低線量率放射線は健康に役立つ事の報告。

武田邦彦 原子力保安院の大ウソ暴露!(関東エリア未放送)たかじんのそこまで言って委員会 原発の正体

 役人は国民の安全など全く考えず自分達の保身しか考えないという信じられない現実。

上原春男氏(福島第一原発3号機設計者)

 原子炉は簡単に冷却出来るのにそれをせず汚染水を海に垂れ流している。

2011.04.21田母神俊雄オフィシャルブログ「志は高く、熱く燃える」Powered by Ameba

 稲 恭宏を始め、ホルミシス効果など、低量の放射線が健康にいいと言っている人達の情報を集めている。

中東情勢に関しては宇野正美田中宇


 

同類親和の法則から解る事  今一歩、奥深い自分の真実を知る。

 意識の光を射し込ませると言う事の本当の意味を理解しよう・・・それは「見る」と言う事。

 悪業・因縁・呪い等と言われるモノの類を自分の代で断つ。見ようとしていない事に自覚を持つ。


同類親和の法則を深く考察してみよう。

 意識次元に於いては、同類のモノが引き合い、異質なモノは反発し合うという法則が働く。

 それは人同士だけではなく、意識が関係して来る処には必ず現われてくる。

 概念や信条、イデオロギー等といった処に「好き嫌い」として働いてくる。

多くの人は自己欺瞞を無意識の内に積み重ねている為、自分で自分が分からない。

 自分というものを思っていたい様に思うという、意識の中では虚構を作り出す事もしょっちゅうだ。

 為に成るか成らないかという観点ではなく、あくまでも自分の「好きか嫌いか」の基準である。

 真実ではないモノの見方(自己合理化)で思い込み、自分の考えを固め信条としていく。

 自分の立っている位置(感じ方)が、全体の中で如何なっているかという観点を持たない。

 そして真実とは異なるイメージや見方を形成し、やがて無意識な顛倒夢想と成って行く。

 自分はいい人間であると他人にアピールしたいし、自分でもそう信じたい。

 しかし自分というものは、このリアルの世界で為した、総ての言動・想念によって創り上げられる。

 いくらいい人間だと自分は思っていたくても、分離側の心遣いで自分を作ったら如何なるか。

 潜在意識は、総ての言動・想念の、正確且つ忠実な記憶装置であり、実現装置である。

 己の都合も一切関係ない。

 故に、現実には自分でも気付けない、分離側の質をたっぷり持った人間になるだけ。

 それは間違いなく、不本意な事を引き寄せ、ハートの声の逆さま人生を行く事になる。

では、どうやってそんな自分の真実を知り、脱出を計ったらいいのだろう。

 自分を知るその第一歩は、自分は何に惹かれ何を嫌っているかをよく観察する事から始める。

 賢者・覚者・成功者・人々の救済に立ち上がった偉人の認識を学び己の判断の座標軸とする。

  (この命題自体に付いても、そう言われて自分が如何感じているか観察してみる事だ。)

 自分が為に成る事(自他共に)を嫌っている事を、在るがまま見る事・直視する事だ。

 考えるとは比較する事・・・そしてそれはより良い方・価値ある方を選択するという事だ。

 為に成る・価値がある・・・それは、自分の好き嫌いではない。

 比較して選択しなかったらそれは「考える」には成っていないし、見ようとしていない事になる。

  (見ようとしない人は、基本的に「見る」と言う事が出来ない。・・・バグワン)

 人間が真に「考える」事をしていたら、辿り着く処は皆同じ・・・ブッダフッド・涅槃の境地と成る。

 生に於いて一番価値を生む事・・・それは人を助ける事である。(徳積みと真の共生。)

建設的な呼びかけに、心からの賛同が起こらない処(むしろ離反)から自分を知る事が出来る。

 それは、より価値が在るモノを別に実践しているからそれに手が回らないだけなのか。

 「〜しタラ、〜する」という、タラを使って今この瞬間を回避し、やがて忘れて逃避する。

 「今出来る事」から探そうとしない。

 実は自分でも知らない、今「逃げた事と逆のモノ」が心の深い部分に在るから逃げたくなるのだ。

 それは何なのか。(それを守る為に貴方は逃げる・・・その守ろうとしているモノは何か。)

 それは、醜いモノ・邪悪なるモノ・忌み嫌うべきモノであり、それを捨てたくないと言っているのだ。

 見たら気分が悪くなる事を知っているから見ようとしない・・・しかし、他人からは丸見えなのだ。

 アタマでは善人で在りたいと思っているから、人をダマす為にお行儀は良くしようと勉めている。

 しかし、自分は騙せない・・・それは本人には無自覚なまま、言動に面白い程現われる。

 その本人の反応がそのまま、己に何を内在させているかを高らかにしゃべっている様なものだ。

逃げ出す・・・その時、それと逆のモノを持っているから逃げ出す(反発する)のである。

 口では如何取り繕おうと、本当の処は、それが嫌なのである。(邪は聖なるモノを拒絶する。)

 それこそそれが無自覚無意識のなんたるかだ。            人が如何なろうとあたしゃ知らん。

 しかし一体、潜在意識に何を握りしめさせているのか。       人の幸せ・・・フン、面白くもない。

 人の幸せを賞賛出来ない自分・感謝出来ない自分。         人の不幸に無関心なのも同じ。

 それは出来ないのではなく、しようとしないのだ・・・何故?    夜叉と成り行くイメージ的結論の数々

 あるものが「在る」から、しようという発想さえ浮かばないのだ。(バレているのに恥ずかしくないか)

 長年溜め込んでそれは二乗的に力を持つ様になってきたモノ。

 人の幸せを嫉んだ心は、ちゃんと意識して処理しない限り、やがてそれは己の中で呪いと成る。

人のお役に立ちたい・・・その言葉が本心からの人と(自分でも気付いていない)嘘の人。

 その違いも、行動に間違いなく表れるので面白い程よく解る。

 人のお役に立っている人の姿を見て、その人の人々からの注目されている姿に憧れてるだけ。

 何と、こういうタイプの人の言葉は、口先だけでインチキ(嘘吐き)なんだろう。

 嘘の人は、人のお役に立っている自分の姿など、心にはからっきし描いていないのである。

 また、困っている人・苦しんでいる人の事など、本当には考えた事も無いのである。

 人の役に立ちたいと思っている自分という虚構を創り上げ、自他を騙しているだけなのである。

 

 

 第九回

変り難き力の形成原理  よく見る(観察する)と理屈はとても簡単だ。

 成功者は自分の思考やイメージを、自分の権限に於いて選別し、価値ある方を選択する。

 意識の力の形成とその性質をよく知り、それを使いこなして自分自身を自由自在に操ろう。


変容したいのに、変われない「替え難き凡夫を作り上げる力」の形成メカニズム。

 何故、普通の人は、これほどまでに習慣や感じ方・考え方を変え難いと感じるのだろう。

 為になる事なのに、聞く耳を持てない人がいるのは何故だろう。

 また成功していく人は、どうしてその悪癖・悪習慣等を変えるのに成功したのだろうか。

 意志の力で変え得る程、最初から意志の力が強靱だったのだろうか。

 歳を取る程、人間は良くないと感じていても性質・性癖・習慣を変えるのは大変に難しくなる。

変えるにしても、替え難きモノでも、目に見えない何がその力と成って行くのかを理解しよう。

 それには、意志の力と意識の力の違いを理解する事だ。

 何かを決意したとしても、意志の力で何とかしようとして、多くの人はその殆どで挫折する。

 そして「自分はダメだ」と自ら判定し、その思いを溜めてしまう。

 そう思った・そう感じたという事は、それを潜在意識にそういうデータとして送り込んだという事だ。

 それがマイナスの意識の力と成っている事に、全くの観察力が無い。

普段からの何気ない想い・心遣いは、総て潜在意識の成就すべき命題として設定されていく。

 それは無自覚な心的作業であるが、日常大変な量の繰り返しであり、次々と蓄積されていく。

  すべき事・・・「やらなければならない」の裏には「本当はやりたくない」が隠れている。

          その本音は、サボりたい・休みたい・怠けたい、である。

  我慢している事の裏には「本当はやりたい」が隠れている。

  人の幸福を賞賛出来ない心。                   この詳細リストを100くらい作成しよう。

  人の不幸に無関心な心。

  人の小さな不幸を自動的に願っているのに無自覚な心。

 そのままでは潜在意識には、インパクトのある本音が比較された結論データとして入っていく。

 湧いて出て来ているその思い・考えは、人類の発展・生命の生々化育に貢献するモノですか。

蓄積されていくその価値のない命題は、時間の経過と共に二乗的に力を持つ様になる。

 それはどんな種類ま、またどんな性質の力か。

 丁度それは人々が、装飾品や素敵な家具で部屋を美しく飾りたいと思っているのに似ている。

 ところが、人々というのは意識が盲目で昏睡状態に在る。

 無意識に、石ころやゴミ、生のモルタル(セメント)をせっせせっせとその部屋に放り込んでいる。

 それは、へばりつき、硬化し、やがてどうにも手の施しようが無くなっていく様なモノだ。

 またその石は、ただの石ではない。

 心の部屋に於いては、その石には磁石の性質も有り、その石自体が勝手に仲間を呼び増える。

この何気ない心遣いが二乗的に増殖するという実証的な概念を理解する事は極めて重要だ。

 この心うちで為される価値の無い心遣いは、法律でも道徳でも罪は問われない。

 それらはあくまでも人に迷惑をかけるdoingの部分に於いて責任が問われるだけだからだ。

 だから、観察力の少ない人間は、見落とす。            うちのゴミは大変丈夫ですよ

 価値の無い心遣いは、例えて「心のゴミ」である。         たっぷり溜まっていますしもうカチカチ

 ゴミも時間の経過と共に力と量を持つ様になる。          まったく邪魔なだけです

 人生の建設的な構築には何の役にも立たない。         まもなくゴミもろとも沈みます

 ゴミに力を持たせて如何なる。                     どかせるモンならどかしてごらん 

 それは、何の建設的効果も威力もメリットも生じず、ただ頑固に居座るというというだけの力だ。

 邪魔になるだけ・・・小さなゴミなら小さな邪魔、大きく力まで蓄えたゴミは、大きな邪魔。

 意識の力を、自分の欲しい建設的な力となるモノにではなく、邪魔なだけのゴミ力にしたのだ。

 例えて、天から与え続けられる年金で、ゴミばかり買い続けていたのだ。

 意志の力は決断までしか力が無い・・・後は意識の力が引き受けているのである。

変り難き力・・・それは溜めたゴミには力が備わる為、無意識に発揮されてくる邪魔くりパワーだ。

 意識の力を育てそれを使う・・・そのメカニズムそのものは、成功のメカニズムと何ら変わらない。

 ゴミを大きく育て、それに力を発揮させ頑固に頑なな替え難い自分にする事に大成功している。

 周囲のみんなが皆そうなので、おかしいとも感じない。(ハートの声を聴こうとしないから。)

 何を思うか何を考えるか、その感じ方をどう捉えるか、また捉え直すか。

 何を選択して如何いう意識の力を育てるか・・・それか人間に与えられた選択の自由なのだ。

自分が何を感じ、何を思い、それを如何捉えているのか、常に自分の思考を見張れ。

 知らないで為している無自覚な思考の愚かさにこそ、恐怖を覚えよ。

 しでかしてしまった思考のミスに気付いたら直ちにイメージの差し替えだ。(さすれば間に合う。)

 常日頃の、上記とは逆の心遣いを溜め込めば、それはそれで恐るべき建設的力となる。

 思う方向性におかしな抵抗など表れず、素晴らしい衝動が自分を突き動かして行くのである。

 ゴミ思考から離れ、在るべき想いに常に焦点を当て続ける事が祈りであり、それが真の瞑想。

 

 

 第十回

料理教室

 

マクロビオティックの完成 桜沢如一が求め、目指した無双原理の言語化。

 マクロビオティックという言葉を説く者は、その意を自身で解いた故に説いているのか。


私は、桜沢先生は日本という伝統の、世界に誇るべき恩人の一人だと捉えています。

 しかし、マクロビオティックを料理法の一種だと捉え始めている人が日々増えている。

 これはその名称を使うに当たり、実に懸念し憂慮しなければならない事態である。

  「俳句なら僕にだって簡単に作れる」と言ったドイツ人の名俳句・・・鎌倉に鳩が沢山居りました。

 マクロビオティックとは何かを問われた時、無双原理を説くその一部に料理技術が有る。

 無双原理はbeingを問うが、料理技術はdoingを問う。

 doingは見えるがbeingは見えない・・・料理技術は誰にでも見えるが無双原理は殆どの人に見えない。

 例えて、無双原理は大木の幹と根であり、陰陽が枝であり、料理技術は葉っぱだ。

 マクロビの葉っぱ(料理技術)しか見えていないとしたら、それは葉っぱに付いた毛虫だ。

「正食」と称された技法を更に無双原理にまで広げて打ち立てようとしたのがマクロビオティック。

 そしてその為に桜沢先生は、解答とその完成を求めて世界を飛び回った。

 料理技術を広める為に世界を奔走していたのではない・・・先生自身、探求者として探し回ったのだ。

 桜沢先生ご自身には感覚的には解っているが、それを一般大衆化する為の術を求めて。

 それは、人類の羅針盤たる「道(タオ)」を、科学という名の近代語を使って言語化する事である。

 しかし、桜沢先生ご自身は生きておられる内にその答えを得るには至らなかった。

 タオの言語化に至らず、人々が本質的に変り得ないのに絶望して死期を早めたと推測する。

 それが、桜沢如一という人物が、新健康料理技法の単なる開発伝道者ではなかった証拠になる。

 桜沢先生と同じ境地にまで届いた直弟子がいない。(無双原理を解ける弟子がいるだろうか。)

 先生の死と共に、マクロビの神髄を教えようとする伝道者は、この世から唯一一人だった総てが消えた。

マクロビオティックが健康料理法の概念として広がるのは、それが迷走し始めた事を示している。

 それは、マクロビオティックが桜沢先生の世代で完成しなかった事が原因だ。

 心ある探求者(指導者)ならば、今ひとつ何か、マクロビオティックは不完全だと感じていた筈だ。

 しかし、何が不足していて不完全なのかは誰にも判らない。

 掲げられている無双が、従来の説明法では殆どの人にとって捉え処のないものだからだ。

 素晴らしい筈のモノなのに、何かが欠けている・・・。

 心ある指導者の悩みをよそに、低級講師は多くのレシピを習って知って得意満面、イッパシの先生様だ。

  私は新メニューも考案したざます・・・こういう連中が増えると、マクロビはマクロビカルトになってしまう。

  一部の「私はマクロビを知っている」というあの高慢な目はどうにかならないものか。

  その在り方(being)が既にマクロビオティックではないではないか。(組織に軌道修正装置が無い。)

 無双原理、つまりタオを理解するには、弁証法的思考力が不可欠である。

 感知プログラムは、統合分離表と顛倒夢想という概念を用いて、徹底的に弁証法的思考を訓練する。

お弟子さん達(三世代目以降)は、既に無双原理を脇に置き始めている。

 一世代目の方は、無双原理が語れずとも、それを悟った先生自身を見る事が出来て、何かを感じた。

 二世代目は、一世代目の何かを感じた人を見て、何か有ると考えた。

 しかし、それを語る術・感じさせる術を持たない二世代目は、何も三世代目には感得させられない。

 そこで三世代目は、書に記された無双原理とは何かを考えるより、レシピに付いて考えている。

 レシピなら具体的で見えるモノだからだ。

 これは従来のマクロビオティックと呼ばれていたシロモノが未完成故、迷走し始めた証拠である。

 本来、手段である筈のモノが目的になってしまっている。

 食養地獄を作り出してしまう事が有るのは、未完成故、学ぶ人の陥るワナの一つである。

 タオで有るはずのマクロビが、無双原理の理解出来ていない者によって逆さまに導かれている。

 私は、正食に付いては、その専門の方々程詳しくはない。

 また、それを厳密に実践しているわけでもない。(実にアバウト実践者である。)

 マクロビオティックの完成を求めて探求していたモノでもない。

しかしここに、私をして、真のマクロビオティックの不足部分が完成した事を宣言する。

 私の求め続けて遂に得た回答が、桜沢如一先生の求めていたモノと同じだったからである。

 丁度ニュートンの微積分法を超えてアインシュタインが相対性原理を完成させたのと同じ様に。

 今まで作成してきた900本以上に及ぶテープを辿って頂ければ、そのプロセスが判るでしょう。

 桜沢先生を真に尊敬しているなら、私の解き明かした技法の真偽を確かめるでしょう。

 それは、先生の遺志が何であるかを十分に理解し、自分自身のテーマにもなっているからです。

 マクロビオティックを食のファッションにしている人は、傲慢不遜だと怒り心頭でしょう。

 前者は桜沢先生の言っている事を受け継いだ真の弟子であり探求者であると断定出来ます。

 後者は桜沢先生を担ぎ上げ利用しているので、その権威が崩れる事を恐れているのです。

 桜沢先生の権威は崩れることなく消える事無く、むしろ永遠のモノとなるでしょう。

心あるマクロビオティック指導者は無双原理を探求し、答えを掴め。

 正食と無双原理の解説が融合していないモノは、桜沢先生の目指したマクロビオティックではない。

 「一部ビオティック」、又は「半分ビオティック」と称するべきである。

 本来の思想・目的を忘れて何処へ行くのやら・・・。

 真のマクロビオティックは桜沢思想に始まり、感知プログラム体系を通して無双原理の理解が起る。

桜沢先生の到達していたボーディサットヴァ(菩薩)の境地に、皆たどり着けるのです。

 

 第十一回

「人の話を聞く」という事  目の前の実に簡単・些細な事を見落とすな。

 成功者と凡夫の分かれ道、そのポイントは、実にバカみたいに簡単な些細な感じ方と注意力。


とんちんかんの会話・的外れの返事。(幼少時、周囲に指摘してくれる人がいなかった不幸。)

 時に、聞いた事・指示した事とはまるでずれた反応・返事・受け答えをする人達がいる。

 こちらは「そんな事、貴方に尋ねていない」というのが本人には分からない。

 相手は何に条件反射しているのだろう。(そしてそれはその人のパターンだ。)

 質問の「理解」の以前に、訳の分からない脊髄反射的な「反応」が存在している。

 そして、何も考えずに堂々と発言する。(恐れているモノが有る故、自動的にそれを隠そうとするのだ。)

 そういうタイプは人の話を全く聞いていない。(会話が出来ないので人間関係が構築出来ない)

 そういう相手の状況をよく観察すると、どんなイメージ的結論に支配されているかが徐々に見えて来る。

「貴方は、人の言う事を聞け」「貴方は人の言う事を聞いていない」という注意の意。

 深刻な問題を抱えている人だけでなく、一般に多くの人は人の言う事が十分に聞けていない。

 人の言う事を正確に聞き取ろうという意識が大いに欠如しているのである。

 従って、先の命題も誤解しか生じさせない。

 だから「返事はハイ」が出来ないし、その返事の技法の崇高な意味などまるで理解が生じもしない。

  凡夫は先の命題に如何いうイメージ的結論を持ち、どんな反応をするだろうか。

  そして、何故そうなったのだろう。

真実が見えて来ないのもチャンスが発見出来ないのも、よく見ると言葉の技術の未熟さに有る。

 それは人の話を真摯な態度で聞こうとしていないからだ。(事の重要性の自覚が必要。)

  およそ情報とは、直接的であれ間接的(書籍等)であれ、人によってもたらされるのが一般的である。

  その中には、自分にとって有益な事・知識・ノウハウが多々含まれている。

  聞き取る能力の不足は、目の前のチャンスを見落とし、無自覚な処で甚大な被害をもたらしている。

  感じ方を形成する起点としての情報や共感力も、相手のbeingと言に注目する事より育つモノだ。

 時には、相手は間違っているかもしれない。

 しかし、相手の言わんとしている事だけは正確に理解しようと勉める意識と決意を持つ事が重要だ。

 それからそれに対する対応・・・相手の言わんとしている事を理解して後、発言・行動する事だ。

「人の言う事を聞け」は「人の言う事をまず正確に聞き取れ」と言う事である。

 そして文字通り、それが日本語として第一の意だ。(それは「考える」のチャンスでもある。)

 更にそれが次の意に転じる故、「自分の言う通りに行動しろ」という命令の意も出てくるのである。

 第一の意を正確に理解して対応したら、「聞いて意を理解したが同意しない」という判断も出てくる。

  もし自分が正しくて正当に対応すれば、逆に相手が考えや発言を変える可能性も出てくる。

 奴隷という立場でない限り、一般にその殆どは自分の為に言ってくれているモノは多いと考える事だ。

 それは、出来る理由を探し出す訓練にもなる。(人の言を聞き取ろうとするのが質になるまで決意せよ。)

 言わんとする相手の言の意を正確に理解出来たら、気付かなかったそのメリットも理解出来る。

 こういったプロセスを辿り、「聞き取る事」で人は成長する。(人間力の差はここで付くのだ。)

「盲従して奴隷になれ」という意味合いでしか反応出来ない事で凡夫は自ら凡夫を証明する。

 「我慢して従え」「お前の意見は持つな」「オレに諂(ヘツラ)え」と言われている感じを勝手に持つ。

 「認める事・返事はハイと答える事は支配される」と感じている愚か極まりないイメージ的結論が在る。

 不自由故に求めて縁の生じた「自由になる為の導き問答」に従う事さえ支配されると感じる愚。

 それに全くの無自覚なままで逃げ出したいとさえ感じる。

 従わないと自由になれないのに、である。(また、よく聞きとる事は理解力をも育てるのに、である。)

 それは成長のチャンスかもしれないという見解は微塵もなく、ただ畜生界的反応をする。

 「聞け」という単なる単語に対して「聞かない・聞きたくない」という念を脳裏でしっかり復唱する。

 考えるという行為のその前に、まず「絶対、認めん」という念を強く強く持ち理解する事を拒絶する。

 過去、何らかの理不尽な責め苦の怒りと共に、その感じ方をしっかりと植え付けてしまっていたのだ。

 「認めん」は、この様な処に過去のその時理解出来なかった不快な経験と共に形成されている。

 そして、偏った見解、または的外れの認識によって、反抗心だけは無意識に募らせる事になる。

 それは、人生の至る処で無自覚に何度も大量に反復されているし、今後も反復する。

そして、「正確に聞き取れ」という意での確かなアドバイスをまるで逆さまに取る事が起こる。

 こうして事ある毎に、正確な認識力をいよいよ鈍らせ、間違った判断力をこそ増長させてしまう。

 この様な無自覚な反応を繰り返していたら、一体如何なってしまうのだろう。

 それは、二乗的に力を持ち固まりついて、個人の変り難き間違った固定観念と成って行く。

 その判断は、事ある毎に正しいと信じて自らの不利益を招き込む事になる。

 これが、人間形成の初期、特に青少年期で為されてしまう。

 それに誰も気付かない。(そんな感じ方を植え付けたのは誰だ!またそれを今尚許しているのは誰だ!)

 これは、学校教育に早急に取り入れるべき重要な項目の発見ではないだろうか。

再考・・・人の言う事が十分に聞き取れていない事にさえ、一般に多くの人は無自覚である。

 その結果、放っておけば人間関係の技術は今以上には一向に上達しない。

 しかしそれが原因で本人には訳が分からないまま、人生に於ける問題は大量に発生して来る事になる。

 その現状を省みて、聴く力・聴き取る力が不足している事に真の原因が有る事を啓蒙しよう。

 20000時間の聞き込みトレーニングは、聴き取る力の質を飛躍的に向上させる。

 聞く能力のない小さな本当を認めない人とは、「泣く子には勝てない」の様に議論が出来ない。

 

 

 第十二回

「認めん」質の形成原点  「人の話を聞く」能力を更にアップする為に。

 マイナスはマイナスを、それこそ知らない内に引きつけ勝手に育って自分を支配する様になる。


何故、人によっては為になる事でも頑ななまでに「認めん」という質を持ち続けるのだろうか。

 その部分で人は、「認める事は敗北だ」と言語化以前のレベルで思っている。

 為になるかもしれないという認識は無い。(見ようとしない態度が既に条件反射的。)

 認める位なら死ぬになっている人もいる。

 それは育つ・・・しかも歳と共に二乗的に育つ。(この恐るべき事実を殆ど誰も知らない。)

 また、認め無い事の種類も増えていく・・・放って置いたら自分の人生にとって大変な事になる。

 最初に発生した「認めん」は何だろう。

幼少時、理を理解させ、定義を与えないまま叱ると、子供は「叱られた事を認めん」になる。

 子供にはオイタをしでかしても、初経験事項に対して、して良い事といけない事の区別はない。

 何故なら、経験も知識も無いから当然だ。

 周囲の大人は、してはいけない悪い事をしてしまったという認識を先に与えているだろうか。

 子供は、自分はしてはいけないという事を知っていたのにオイタをしたのだろうか。

 それはどの程度いけない事だったのかを子供はきちんと認識しているだろうか。

 愚かな親は自分の都合と感情で怒鳴りつけて「躾だ」と感情の合理化を図り、自己欺瞞を積む。

 それは愛の感情から出たモノではない。(親が自分自身の為にエゴを子供に吐き出しただけ。)

 子供のオイタによる被害なんて、これからの事を総合的に考えるとどれ程のモノだろう。

教育の投資と捉え周囲の大人、特に親はその一つ一つを丁寧に子供に認識させる必要が有る。

 ところが、それらの認識が無いまま、いきなり怒られたりなどしたら、子供は如何感じるだろうか。

 子供は全くの無防備で、叱られる事を受け入れる体勢は全くない。

 そもそも、何故自分が悪いのか理解出来ていないし教えられてもいないのだ。

 故に、「怒られる事は理不尽だ」としか感じられない。

 それでも非力な子供は大人のなすがままに怒られ、時には罰を与えられる。

そこで子供は本能的に、心を守る為に「怒られた事を認めない」という意識を作り出すのだ。

 反論出来ない子供は、「自分は理解されていない」と感じる事で心を閉ざす事にもなる。

 自分を叱り付ける親は間違っていると感じ続け、怒られる度に怒りを溜め込んでいく。

 周囲の大人、特に親は、一向に理を諭してくれようとはしない。

  理を諭される・・・「諭される事で理が分かる」という感覚も育ててもらえない。

 自分を守る為に、心の中で「自分は悪くない」と思い込みを生じさせているかもしれない。

 そうすると「してはいけない」=「悪くない」が結び付き、おかしなイメージ的結論が形成される。

 ダメな事を悪くはないと感じ始める顛倒夢想の形成の始まりだ。

 そうする事で愚かな親は、人の話が段々聞けなくなる子供をせっせと作っているのだ。

 子供は人の話を聞かない、だからチャンスが聞き取れないという人間に成って行く。

 親は一体何をしているのだ?・・・因縁はこうして累代に渡って伝播する。

「反省せよ」という言葉が更に精神形成の悪化に拍車をかける。

 悪い事が分かっていないのにどうやって反省せよと言うのだろう。

 親が責めるので、反省とは自分を責める事だと認識する。

 そうすると反省という言葉までが嫌いになる。

 反省せよという言葉は「自責せよ」と言われている様に聞こえるからである。

 こうして、自分を省みる能力を発達させる事までもが阻害され、未熟なまま大人に成って行く。

 そして注意をも「認めん」になる。

 注意は叱責・・・相手の怒りだと解釈してしまうからである。

 やがて、自分にとって都合の悪い事総てに「認めん」という技法で対処する人間になる。

 こうして顛倒夢想の質・量共、二乗的に増やしていく事となるのだ。

 また別経路で溜め込むゴミ思考と共に、融通の利かない頑固な人間の出来上がりとなる。

自分で考えさせるという手法が通用しない人の「認めん」の精神状態の形成原理がこれだ。

 青年期以降の先輩・マスターから下される叱責には「その真意を自分で考えよ」という意が有る。

 しかし、先の因果に染まっていた人間は、注意・叱責を受けると思考は自動的にストップする。

 学びを志す者は、この因果を断ち切れ・・・その様に条件反射している自分に気付く事だ。

 注意や叱責に出くわしたら、「何故そういうのか」を考え、探り出し、その意を突き詰めるのだ。

 その言葉を持て、言葉を使え。(放って置いたらその逆が育ち、自動的に呪いへと発展する。)

昔、理解してもらえなかった・・・しかし、今ここに貴方に対する確固とした理解が在ると知る事だ。

 凍りついた精神時間複合体を、この解説を意識の光とし、溶かしていけ。

 心の中で、周囲の大人や親にこの解説を突き付けろ。(認められん覚悟で実際に突き付ける?)

 なんて愚かな事をしてくれていたのかと。(合理化ではなく、法則に沿った正当化が必要だ。)

 そして、因縁とは無知故人間に起こり来る「性=さが」だと理解し、許して解放してしまおう。

 それが因縁解脱だ・・・自分がやらなければ、因果は必ず巡り続ける。

 

 

SESSION8 終わりに  35分の補足解説  


いい男いい女の分かれ目・・・その瞬間は試され事。

 みんな、いい男・いい女になりたいし、その様に評価される人物になりたい。

 では、そのチャンスはいつ何処に有るのか。

 何か言われる・何かに出くわす・マハムドラーを掛けられる(自然そういう状況になる。)

 ヒステリー(突発性発狂)自暴自棄になりそうになる寸前、一瞬、踏み止まって思考出来る人間。

 或いは、思考停止もだ。

 受けて立つ瞬間、人間の評価は上がる。(当然、この瞬間に人間力がアップする。)

 その瞬間こそ、その人が人生に於いて今まで学んだ事をアウトプットする瞬間なのである。

 感情の為すがままに任せた瞬間、自分で自分の価値を落とす。

 自分にとって逆説をぶつけられた瞬間、それは総て自分の評価を上げるチャンスである。

 成功者はこの理を知っている。(最大に活用する・・・そこで信用・信頼をとるのだ。)

 その蓄積が履歴と成って、人間力、そして見えないパワー、カリスマへと成って行く。

 バカは、心がボンクラでそういう深い理が見えず、いつも自分でチャンスを捨てている。

 成功者の在り方を学ぶとはこういう事だ。

成りたい「在るべき姿」をいつもイメージしていると、それがカンフォトゾーンになる。

 今の自分の力量を超えた目標を立てる。

 或いは、そうだったらいいなと「いつも」考える。

 願望は「育てる」事が重要だ。(やがてそこがカンフォトゾーン・・・居心地のいい場所となる。)

 それは「育てれば育つモノだ」と言う認識を持つ事が何より重要だ。

 それは「思い込みの強さ」×「時間」の2乗に比例して育つ。(思考は履歴と成って力を持つ。)

  心的パワー=「思い込みの強さ」×「時間」の2乗

  この知識と理解が無くて、多くの凡夫はコケる。

 そうしていると、今まで目に止まらなかったモノ(世界)が見え始める。

 見えて来た些細に対して衝動が起る様になって来ているならその願望の育て方は正しい。

 やらなければならない事として見えているなら、何処かに間違いが潜んでいる。

 聞き落としている処・脳が無視をしている処があるので再トレーニングに励もう。

感謝(が出来ている状態)とは、起り来る事総てを楽しむ能力。

 如何して起り来る事総てを楽しむなどという事が出来るのだろう。

 それは、「今自分に起り来ている事象を如何捉えるか」と考える事から始まる。

 それは、人の言の真意を正しく聴き取ろうとする心の姿勢と同じである。

 退屈・不安・けだるさ・・・およそ不快を感じる瞬間にそれをいつも思い出し自分に問う。

  その原因は何か。

  それは200年後も存在するのか。

  それは自分に何を示しているのか。

  大変な不幸に関しては、宇宙からそして永遠の生命という次元から考える事だ。

 そう考える事は有益であるし、楽しいモノだ。

 すべき事を考えて自動ブレーキモードに入るより、今出来る事を探そう。

 建設的な思索は、やがて瞑想を楽しめる様になる。



さあ、次は SESSION9「成功の為にすべき事Part2」 です。